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慶応3年(1867年)、坂本龍馬および海援隊士が乗り込み操船していた「いろは丸」と紀州藩船の「明光丸」とが
衝突し、曳航途上にあった鞆の浦南方の宇治島沖にて沈没した。龍馬らは鞆の浦に上陸し、明光丸の紀州藩士との談判を
4日間行った。談判所の一つは福禅寺の本堂に隣接する客殿「対潮楼」(たいちょうろう)であった。談判は決着を見ず、
その後長崎に移して談判が続けられた。
「いろは丸展示館」では、海底から引き揚げられた船具(ビレイピン、滑車など)や陶器類などの陳列、衝突原因を解説する
パネルの展示、海底での沈没・調査状況を再現するジオラマなどがなされている。また二階には、龍馬が潜伏した宿の隠れ
部屋も再現されている。
[2010.09.いろは丸展示館にて][拡大画像: x22845.jpg]
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1. 3本マストの蒸気帆船「いろは丸」の模型。 [拡大画像: x22988.jpg]
2. 海底から引き揚げられた「朱墨の入っていた箱」。写真は坂本龍馬。 [拡大画像: x22987.jpg]
3. 引き揚げられた木製滑車 [いろは丸3次]。 [拡大画像: x22989.jpg]
4. 夜間船着き場への出入りを導く役目を果たす導灯(guide light)、すなわち常夜燈を遠望する(画面左上)。その右側にある
白塗りの土蔵造りの大きな館は「いろは丸展示館」である。 [拡大画像: x22990.jpg]
辞典内関連サイト
・ 世界の海洋博物館
・ 日本の海洋博物館
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