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一枚の特選フォト「海 & 船」

One Selected Photo "Oceans & Ships"

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    東海道五十三次・宮の宿~桑名宿の海上七里の渡し(舟着き場跡)
    (その2)/図絵にみる風景など
    [名古屋市熱田区・宮の渡し公園ほか]

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     名古屋市熱田区にある「宮の渡し(みやのわたし)」。同地周辺には、熱田神宮、旧東海道をはじめ、「熱田湊(あつたみなと)常夜灯」「七里(しちり)の渡し舟着場跡」(辞典内関連サイト)などの史跡が散在し、幾つもの案内板が配されている。それら案内板に 掲示される「宮の渡し」にまつわる図絵の幾つかを紹介することにしたい。

     画像1は、「東海道五十三次之図 宮 熱田濱之鳥居」と題する絵図である。撮影場所は以下の通りである。地下鉄名城線「熱田神宮伝馬町」駅 出入口4番から地上に出て、大通りの名古屋東港線沿いに、新堀川に架かる「内田橋」または「宮の渡し公園」(七里の渡し船着き場跡、時の鐘楼、 常夜灯などがある)に向かって、100メートルも行かないうちに旧東海道の街道筋と交差する。そこに老舗「亀屋芳広」が設営した 「ここは旧東海道」という案内板が建てられている。画像はその案内板に掲示される。

    画像2は、熱田神宮境内の参道筋に掲示された神宮歴史案内板の一に見る、東海道四十一「五十三次之内 宮」と題する絵図である(熱田区 歴史資料室収蔵)。「宮の渡し」は江戸時代、湊町「熱田」の玄関口として栄え多くの旅人で賑わっていた。 旧東海道における唯一の海路として「宮」と「桑名」の両宿場町を結んでいた由である(*)。 当時存在していた「浜鳥居」と共に、宮の渡しの様子は多くの浮世絵などに描かれてきた。
    * 「宮(熱田)の渡し」または「七里の渡し」と呼ばれる船着場は、「宮の宿」と「桑名宿」とを結ぶ、旧東海道の街道でも唯一海上路(航路・海路)であった。距離は7里、約27㎞であった。

     画像3は、「宮の渡し公園」内に建てられた史跡案内板(名古屋市設置)に添えられた、「七里渡船着(尾張名所図会)」と題する図絵である。 図絵は「七里の渡し(宮の渡しのこと)」を描いたもので、街道に並ぶ多くの旅籠屋(はたごや)、係留される大小の和船、往来する大勢の 人々の描写から当時の賑わいを感じ取れる。宮の渡し場(熱田神宮が所在したことから「宮」と呼ばれたもの)は、城下町・名古屋 の玄関口としても、また人・物の輸送でも重要な機能を果たしていた。故に、尾張藩は東・西浜御殿のほか、「浜鳥居」の西に「船番所」 「船会所」などの役所を設け、舟の出入りや旅人の姓名などを記録していたと、同案内板に記されている。

    [撮影年月日:2025.06.05/場所: 熱田区の地下鉄・名城線「熱田神宮伝馬町」駅から徒歩10~15分にある 「宮の渡し公園 七里の渡し舟着場跡」、熱田神宮などにて]


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