辰悦丸は、1796年(寛政8)に嘉兵衛がその建造をはじめて手掛けた持ち船である。建造した後は、念願の船持ち船頭となり、高田屋
という屋号を掲げたとされる。
辰悦丸は、瀬戸内海から日本海を通り蝦夷(北海道)にいたるまでの廻船業に運航された、いわゆる「北前船」である。
あた、その大きさからして、いわゆる「千石船」と呼ばれるものである。積載量は1,500石 (225トンに相当する) 積みである(1石=
米俵2.5俵、米俵1俵=60㎏)。当時、幕府は一定以上の大船の建造を禁止し、帆柱も1本と制限していた。そのような状況を
考慮すれば、当時としては最大級の大型船であった。建造費は当時の通貨で1,500両から2,000両ほどと言われる。
船型としては、北前船の廻船(即ち北廻りの航路の廻船)にも広く使われた「弁才 (べざい) 船」である。尖った船首に幅広の胴をもち、
船尾には大きな舵を下げ、長い帆柱に大きな一枚帆を張った大型船である。
また、帆だけで航走することから、少ない乗組員で速く帆走できるという髙い経済性をもつ船でもあった。
画像3は、高田屋奉納船模型(伝辰悦丸模型; 辰悦丸の模型と伝えられるもの)である/模型: 神戸市兵庫区の七宮神社旧蔵
/写真: 神戸市立博物館蔵 [拡大画像: x28060.jpg][拡大画像: x28061.jpg]
[画像撮影: 2017.10.13 高田屋嘉兵衛顕彰館・歴史文化資料館にて/顕彰館所在地: 〒656-1301兵庫県洲本市五色町都志1087/電話:
0799-33-1605]
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