画像は南米アルゼンチンの首都ブエノス・アイレスのボカ港の一部、正確にはボカ地区 (La Boca) にある⌈リアチュエロ川
の曲がるところ⌋ (後述する) で切り撮った港風景である。
現在の北港(ダルセナ・ノルテ Dársena Norte; 北の船渠・ドックという意味)などができる以前は
ボカ港はブエノス・アイレス最大の港であった。ヨーロッパから大勢の移民がボカ港から上陸して行った。
[参考] 北港は、現在のプエルト・マデーロ Puerto Madero のすぐ北側に隣接する内港水域。プエルト・
マデーロにある4つの大きなウェット・ドックにアクセスするための水域にもなっている。
画像に写る狭い水路は、ラ・プラタ川へと通じるアクセス水路になっているが、実は⌈リアチュエロ Riachuelo⌋
という川でもある(スペイン語でriachueloとは、小さな川という意味である)。
ボカ港はこのリアチュエロ川の河口に発展した港である (スペイン語で「ボカ boca」とは「口(くち)、
入り口」などという意味で、リアチュエロ川の入り口を指して名付けられた地名である; ラ・プラタ川への出口でもある)。
画像に見る巨大な鉄橋の方向へ下るとラ・プラタ川にいたる。翻って言えば、ラ・プラタ川に注ぎ込むリアチュエロ川河口に築かれた
ボカ港内に入域した後に、川筋に沿ってもう少し遡上すると、画像に見る巨大な橋をくぐり抜けることになる。そして、狭い水路を
経て、画像1&2に見るような少し広い水域をもつ、ボカ港でも最奥の港 (あるいは泊地) へといたる。
この泊地辺りはその昔「ブエルタ・デ・ローチャ」(Vuelta de Rocha)と呼ばれていた。ローチャは固有名詞であるが、
「ブエルタ vuelta」はスペイン語で「曲がったところ (曲がり角、カーブ、曲折部) 」という意味である。
そして、1880年代に、リアチュエロ川のこの「ブエルタ」と称されたところに、これ即ちボカの中心街に面していたところに、
広く静穏な船舶回頭・停泊用水面を作るべく浚渫されたものである。
[参考]
・ ローチャ Rochaとは、この「ブエルタ」辺りの土地の所有者のうちの一人のな前であった。
・ スペイン語のvueltaには、「帰ること、帰還、再来、再訪問; Uターン、方向転換; 曲がること、曲折、曲がり角、
川などのカーブ、湾曲部」などのいろいろな意味があるが、ここではリアチュエロ川のカーブするところ、曲がる
ところという意味である。
なお、余談であるが、ここが浚渫され少し広い操船場・停泊場となったことから、リアチュエロ川を遡って来た船はここで Uターン、
方向転換、折り返し可能となったことから、後の世代において「ローチャの折り返し」という
意味合いも含まれるようになったのであろうか。
・ アルゼンチン海軍提督ギジェルモ・ブラウン (Admiral Guillermo Brown) がブラジルとの海戦で損傷した艦船の修理場を
開設したのがこの「ブエルタ・デ・ローチャ」であった。
これを記念して、彼の胸像と彼が指揮した戦艦「25 de mayo」の大砲が据えられている。
・ リアチュエロ川には、その昔、上の小画像に見るような鉄道橋が横切っていた。船を通すために何らかのタイプの可動橋
であったと見える。
だが、何時の頃からか分からないが、大型船が通行可能なように橋桁を上下に揚げ降ろしする巨大で大掛かりな鉄道橋が建設され、
今ではボカ地区の一大モニュメントのようにそそり立っている。
地図案内板では、その巨大鉄橋はニコラス・アベリャネーダ運搬橋(Antiguo Puente Transbordador Nicolás Avellaneda)と、
その隣の新しい陸橋はニコラス・アベリャネーダ橋(Puente Nicolás Avellaneda)と記されている。
[注] スペイン語 puente transbordador とは「運搬台、運搬橋」などと訳されている。もともとは貨物・人を
運搬台に載せて川などの岸から岸へ運搬する装置を意味する。
[2014.3.3-31 アルゼンチン/ブエノス・アイレス/ボカ地区の「リアチュエロ川の曲がるところ」にて]
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