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    第15章 パラグアイへの赴任、13年ぶりに国際協力最前線に立つ(その1)
    第2節 大統領府企画庁での職務、その理想と現実の狭間で(その2)/業務の選択と集中


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       第15章・目次
      第1節: 大統領府企画庁での職務、その理想と現実の狭間で(その1)/業務を総観する
      第2節: 大統領府企画庁での職務、その理想と現実の狭間で(その2)/業務の選択と集中
      第3節: 辞典づくりの環境を整え、プライベート・ライフも楽しむ
      第4節: 「海なし国パラグアイ」に2つの船舶博物館、辞典づくりを鼓舞する


  さて、JICAの対パラグアイ協力の最前線では大型のいわゆる「プロジェクト方式技術協力」が数多く進行していた。7~8件のプロジェクトの中間時や 終了時の評価会、日パ合同の年次活動報告会などが次々と開催された。「大統領府企画庁(STP)・国際協力局」もその都度オブザーバー として出席を求められ、マリオ・ルイス・ディアス局長やパブロ日本担当課長らと共に出席した。プロジェクトの進捗現況、成果や課題 などを理解し、適宜フィードバックに繋げて行くための第一歩であった。 局長らは、プロジェクト執行のプロセスを顧みながら、いかなる成果の発現が期待できるか、それを取り纏めて企画庁大臣らに 報告する必要があった。

  因みに、大豆の品種改良や栽培法の研究を行なう「大豆生産技術研究プロジェクト」の他、野菜栽培の研究、造林技術の普及、 度量衡制度の改善、看護教育や保健衛生の向上などのプロジェクトが同時並行的に進行していた。 「開発計画」専門家としては、あれこれと何でも首を突っ込み、お役に立てることは何かを意識しながら探し求めた。 だが、そのうち、自身の活動エネルギーを分散させ過ぎており、総花的にエネルギーを消費し過ぎていると悟った。そして、焦点を絞り込んで 主体的かつ重点的に取り組む課題や対象物を見極めるべく、「選択と集中」に傾注することにした。当初は眼前に降って湧いて来るようないろいろな 業務に関心とエネルギーを注ぎ込むことが多かったが、かくして「選択と集中」へと舵を切ることにした。

  その一つとして例えば、自然環境資源の有効活用による経済社会開発の模索であった。パラグアイ北西部の「チャコ」地方は国土 の半分ほどを占めるいわば「未開発の地」であった。 同地方の最東端を流れ下るパラグアイ川沿いには野生動物の楽園で、特に鳥類が豊富に生息する環境が広がっていた。その環境こそが、ブラジル・ボリビア・パラグアイの三国 にまたがる「パンタナル」と称されるもので、世界的な大湿原地帯の一部がチャコ地方にも存在していた。そこでのエコツーリズムのモデル コースの創案や企画庁ホームページでの紹介などを模索した。世界の野生動物愛好者に未だ十分に知られていないパラグアイの豊かな 自然、特に野生鳥類の宝庫としての魅力を海外へ発信することを提案し、その具体化を押し進めようとした。そのことは既に述べたところである。

  その他の業務のメインに据えたのは、単位収量の多い大豆品種の改良や耐病性のある品種の開発、その栽培方法を研究する プロジェクトである「大豆生産技術研究計画」に関する評価手法の模索であった。特に同プロジェクトの成果の定量的(数量的)評価 の在り方について傾注した。米国、ブラジル、中国などの大豆生産量に比べればパラグアイのそれは一桁少ないものの、パラグアイに とっては世界穀物市場に向けて出荷する最重要輸出産品であった。 在「パ」日系人営農家もその増産に大いに貢献してきた。世界でもトップ・ファイブほどに入る大豆生産国である「パ」国 にとって、その絶対的増産化と生産性の向上は常に死活的に重要なテーマであった。もう一つの業務の柱にしたのは、赴任する少し前から始まっていた 「パラグアイ経済開発調査」の進捗のフォローと、調査後を見据えてのJICA協力プロジェクトの模索であった。

  大豆は味噌、豆腐、搾油などの製品の原料であり、日本人の食生活に欠かせないものである。パラグアイでは徐々に生産が 拡大し、今日では大輸出農産品にまで成長していた。大豆は南半球に位置するパラグアイの夏期に栽培され、冬期には小麦が栽培される二毛作である。 赴任当時にあっては、日系農家としては一戸当たり最低200~300ヘクタールの栽培規模でないと経済的採算性が合わないとされた。JICAは日系移住地 のイグアスに「パラグアイ農業総合試験場(CETAPAR)」を設立し、長年大豆の品種や栽培方法に関する研究や営農家への技術指導 に取り組んで来た。

  因みに、播種の事前準備として圃場を耕起しておくのがかつての栽培方法であったが、耕起をしないで畑に直接に播種するといういわゆる「不耕起 栽培法」が開発され広く普及してきた。耕起を繰り返すことによる土壌流出が回避できるという大きなメリットが認識されてきた。この手法の確立に、 JICA試験場や日系農家も大きく貢献を果たしてきたといわれる。

  休題閑話。当時のこととして、「大豆生産技術研究計画」プロジェクトでは、第一フェーズの5年間からその名称を変え第二 フェーズとしての次の5年間が運営され、その最終年をそろそろ迎えようとしていた。そして、何年間かの再延長 を日本政府側に要請し、第三フェーズを執行するか否かが喫緊のテーマとして俎上していた。

  赴任した2000年の頃を振り返れば、日本では経済的バブルが1990年代初めに崩壊し「失われた10年」の真っただ中にあった。 そして、「政府開発援助(ODA)」の予算額は下降線を辿り始めていた頃であった。外務省もJICAも、ODAの予算的伸びを期待できる状況になく、 「選択と集中」によるODA予算の節減と同時に、予算執行の質的向上が強く求められていた頃である。その中で、10年近くに なろうという当該大豆プロジェクトに予算の再投入を続けるか否か。協力現場では日本の大蔵省から再延長のための予算化 をどう引き出せるかが大きな課題であった。最終年に日パ合同評価会が開かれ要請の諾否が決せられるとしても、現場のプロジェクト関係者に求められていたのは、「大豆研究をさらに継続する必要性と 妥当性がどこにあるのか」、簡潔にして説得力のあるロジックと資料を作成し、十分に説明責任を果たすことが期待されていた。

  大豆プロジェクトの過去の研究活動から生み出された経済的価値と、その継続によって将来もたらされる価値を定量的に分かりやすく 説明するための、説得力のある「一枚紙」を頭に描いていた。文章で長々と定性的に論じるのではなく、定量的に経済的価値を算出 し説明するという手法を模索しようとした。本文2~3枚にデータによる裏付け資料をもってそれらを説明できないかと言うことである。 過去の経済的価値の算出と、その価値の将来的なプロジェクションには、合目的な過去の生産その他の関連データの蓄積が何よりも大事であった。説明のためのロジック がデータによって十分に裏付けられるかが要であった。

  プロジェクトでの長年の研究を通して大豆の品種改良が重ねられ、新品種が生まれてきたという。また耐病性のある品種が生まれつつあった。 耕起による土壌の飛散・流出を抑えることになる不耕起法による作付・栽培の効果をはじめ、施肥や農薬の構成内容・量・投入時期、 植栽間隔などの栽培法もいろいろ実証されつつあった。定性的にこれらの成果を説明するというよりも、定量的に プロジェクトの成果や経済的価値を示すことができないか、いろいろと知恵を巡らせ、プロジェクト専門家らとも意見交換しながら探った。

  例えば、過去10年近くの間に開発された新品種が在来品種に取って替わり、例えば全国的に総計何百万ヘクタールで栽培されてきたのであろうか。 また、その新品種の単位収量は、異常気象でなければ、平均的に5%増の収量が実証されてきたと言いうるようなデータの蓄積はなされて きたであろうか。新規の耐病性のある品種が産出されつつあるという。特定の在来品種がある病害のため大きな被害を被り、 単位面積当たりの収量が20%減少したとかの事例はあるのか。仮にその耐病性品種が全国的に何百万ヘクタールにおいて取って替わって 栽培されたとすれば、収量はその分大幅に回復する可能性がある。実際に病害を克服する形で生産されたという実データがないとすれば、 その数量的差異を算出し実比較することはできない。しかし、仮定上の算出にはなるが、病害を被った品種に取って替わり耐病性品種 が何百万ヘクタールで作付・生産されたというのであれば、その経済的価値を算出することはできよう。 プロジェクト当初から研究成果の定量的評価を行なうことを計画し、ベースラインとなる基礎データを蓄積しておくことが前提となろう。

  栽培方法としては不耕起による作付が広く普及してきたが、プロジェクトでの研究を通じてさらに栽培法が実際的にどう改良されて きたのか。施肥・薬剤散布量の節減化、営農に投下される燃料の節減化、機械投入コストの軽減化などで、生産コストが何%削減 されたといいうるのか。モデル農家におけるそれらの削減の経済的価値はいかほどになるか。品種の改良と合わせて、 プロジェクト研究の成果として過去に生み出された総合的経済価値を算出したいと、その手法をいろいろ思案した。 そして、その算出法を面的に拡大した場合、また時間軸を10年先に伸ばしてプロジェクションした場合、プロジェクトの生み出しうる 価値はどうなるか。新品種ごとに見込まれる平均単位収量、1ヘクタールごとの施肥や農薬散布のコスト総量、燃料などの機械関連 総コストなど、新しい品種と栽培法の改善を基礎にした収量差やコスト差など、どの程度定量的に比較考量できるであろうか。 適切なデータの蓄積があれば、プロジェクトの研究成果を定量的にはじくことは不可能なことではない。だが、それらを算出するという のであれば、プロジェクトのスタート段階からそのような視点でパラメーターとデータを継続的にモニタリングし蓄積しておくことが 不可欠のように思われる。

  例えば、モデル営農家「A」さんは一般に普及する在来品種「A1」を200ヘクタールに作付し、その作付から収穫するまで肥料・農薬・燃料・ 機械の減価償却費・農業作業員の人件費など、栽培にかかる全コスト「A2」を費やしたとする。他方、モデル営農家「B」さんはプロジェクトが 開発した新品種「B2」を200ヘクタールに作付し、プロジェクトの推奨する栽培法を取り入れて、全コスト「B2」を費やした。 B氏の全収穫量はA氏のそれよりも5%アップ、コストは10%減であったとする。翌年A氏の品種「A1」は病害のため収量は対前年比で30%減、 コストはほぼ同じ「A2」。他方、B氏は病害を予想して耐病性のある新品種「C1」を作付し、収穫量は 昨年より5%アップ、コストは昨年とほぼ同じであったとする。これらの生産収支のモデル的シミュレーションを500営農家(10万ヘクタール) に拡大してプロジェクションしうるとすれば、JICAプロジェクト研究が擁する経済的価値を見通すことができるのではと、 素人ながら思案した。

  A・B両氏の年間総収入額はその大豆品種の出荷時期や市場取引価格にかなり左右される。また総収量は土壌条件に加え、施肥内容・量の他、 日照時間・平均気温、降雨量などの気象条件などによって左右される。だが、同じ年におけるA氏とB氏の総収量は、栽培地がほぼ同じ 地理的範囲内にあるとすれば、品種によってそれなりの差異が生まれる。また、コストは栽培法によって 差異が生まれる。かくして、パラメーターが多くなれば、経済価値の算出手法は複雑化することにはなる。プロジェクト研究のもつ価値を定量的に 積み上げ、それを将来に向けてどの程度プロジェクションすることができるか。予算担当者や日本国民への説明のためのロジックをシンプルに保ちながらも、 有義性のある比較考量のための組み立てが求められる。そして、5年間さらにプロジェクトを続けることの価値を定量的に算出しうる ものと思案した。

  チャレンジしたものの結局のところ迷路に陥った。10年間でパラグアイの地理的緯度・気候・土壌などの自然環境に適合する新品種が 幾つ開発されたか。 その新品種の試験的圃場栽培における単位面積当たりの平均収量、品種ごとの農家による実栽培での全収穫量や単位面積当たりの収量、 投入された栽培コスト(肥料・農薬・人件費・燃料などの平均的投入コスト)に関するデータの有無はどうか。耐病性のある新品種は まだ実栽培されていなくとも、病害の蔓延時には代替させることができるので、その成果をプロジェクションできよう。在来品種の単位面積当たり の平均収量、新品種と在来品種の単位収量における差異、両品種間の総栽培コストの差異などの比較からプロジェクトが生み出す 価値を推し測れはしないか。新品種での増量分 × 農家総数 × 栽培総面積、コストの削減総量なども算出し比較する。 地域によって異なる日照量・降雨量などの気象条件や土壌・地理的条件によって生まれる差異についても、過去の蓄積データ を生かしつつ必要な調整が求められることになろう。

  研究プロジェクトが生み出した成果としてどの程度、生産性・収益性のアップにつながったのか、またコスト削減につながったのかを 定量的に証明するためには、どんな基礎データを日頃からきちんと収集し、分析の準備を進めておく必要があろうか。それがなければ、 文章で成果を定性的に論述することがメインとなり、「信じるか信じないかの世界」に迷い込んでしまう可能性がいつも残される。 研究の成果を経済的価値としていかに数値化し可視化することができるかである。

  過去の基礎データが不足すれば、定量的に実証することが極めて困難となる。プロジェクトの 開始時点から、その定量的解析のための基礎的ベースラインとなりうるデータを収集しておくことが前提である。 今となっては客観的データの収集は事実上不可能に近いように思えた。将来生み出す価値をプロジェクションするためには、既存品種と新 品種の単位収量とコストと、生産条件別の変移量を把握できるよう工夫しておく必要がある。結論的には、プロジェクトの将来 5年後に生み出されるであろう価値の定量的実証プロジェクションはなしえず、 迷路に入り込んでしまった。

  今でも技術協力プロジェクトのもつ経済的価値の算出手法は何であるかを考えることがある。既述の評価手法は「研究開発」プロジェクトだけでなく、他のプロジェクト でも当てはまろうが、「言うは易し行なうは難し」である。プロジェクトにおける活動項目の履行とその程度について 定量的に割り出すのは比較的容易である。だがしかし、履行されたことの結果としての「成果」そのものを定量的に算出するという 試みは、「総論賛成、各論反対」という結末に陥りがちとなる。何故か。経済的価値を定量的に算出するための人材は 元々いずれのプロジェクトにも配置されていない。即ち、プロジェクトのスタート時点から基礎データを集積し解析するという制度設計が なされていないという言い訳的見解に帰着してしまう。

  ところで、「パ」の経済コンサルティング会社のパラグアイ人主任研究員と協業しながら本件調査に取り組んだ (彼はその後1年も経ないうちに「パ」政府の財務大臣に就任した)。だが、プロジェクトの終了が近づくなかで定量的評価をまと めようにも、肝心の数量的裏付けデータにほとんどアプローチ/アクセスできず、その取り組みの成果はみなかった。結局は迷路に足を踏み入れ、迷路から喘ぎながら脱出するのが精一杯であった。 価値の算出には基礎データが全てであった。忸怩たる思いが残った。それ以降JICAのプロジェクト評価手法はどう進歩しているのか気にかかるところである。

  JICAの研究や技術指導プロジェクトに資金が投入された場合、その成果について客観的、定量的に算出され理解されやすいのが ベストである。両国の人的資源が長期間投入されながらその後の成果は不問に付すというのでは理解されない。 JICAの「3号投融資案件」、即ち農業分野での投融資プロジェクトではその点明瞭であった。技術協力プロジェクトと 投融資対象プロジェクトとの違いをまざまざと学んだ。投融資プロジェクトの成果の評価基準は明確であった。 端的に言えば、20年後の収支バランス、採算性、損益の分岐点、JICAローンの返済の見込みなどの定量的分析結果が全てであった。 だが、技術協力プロジェクトでは、人的・機材のインプットとアウトプット(成果)はどう見積もられるか。専門家がカウンターパート への様々な技術移転を目指すとしても、生み出される経済的価値を定量的に評価することによって、当該プロジェクトの 成果や目標達成度を判断するという事例にはなかなかお目にかかれない。

  だが、研究プロジェクトであったとしても、新品種の開発や耐病性のある品種の改良などによって、過去10年間でいくらの経済的価値を生んだかを 算出し、さらに将来10年後に擁するであろう価値をプロジェクションすることは可能であると、今でも信じる。半歩でも一歩でもプロジェクトの分かりやすい 定量的価値評価が具現化されることを期待したい。なお、参考にしたいこととして、無償資金協力では、施設などの建設後において 達成されるべき利活用上の数値目標が設定される。そして5年、10年後にそれらの定量的目標値が達成されたか否かが会計検査院によって厳しく追及され されることになる。検証できなければ報告書に記載され、時に国会報告マターとなる。

  さて、「選択と集中」にて取り組んだもう一つの職務は「パラグアイ経済開発調査」であった。当時、パラグアイ経済開発のための 基本戦略とマスタープランづくりをすると同時に、可能な限りの重点開発分野ごとの具体的なプロジェクトの「フィージビリティ (実現可能性; F/S)調査」を提言することを目指すJICAの大型調査案件が進行中であった。大統領府企画庁・経済局がその カウンターパートであった。

  マクロ経済、クラスター戦略、社会・交通インフラ整備、農業・畜産開発、農牧産加工、貿易振興、動植物検疫体制の強化、観光振興などの エキスパートから成る総合的な国家経済開発の戦略と計画を策定するための調査である。2年ほどかけて、開発戦略とマスタープランや、 重点分野ごとの具体的なプロジェクトを提言するもの。その調査費は総額1億円を下回らないほど大規模であった。 「パ」側カウンターパートは企画庁経済局の局長・実務担当者が中心となり、農牧省、商工省、運輸省、財務省の他、協同組合、 食品衛生、防疫、中小企業振興、貿易振興、観光振興などの政府関係機関から大勢の実務者が参画した。パラグアイ政府では、その 提言を受けて、企画庁をはじめとする関係省庁が、その報告書に盛り込まれるであろう戦略、マスタープラン、セクター別フィージビリティ調査や関連 プロジェクトを推し進めることになる。将来的には企画庁は具体的な優良プロジェクトの計画立案を各省庁 に指示し、取り纏め、日本などの援助国との間で技術協力・無償資金協力などの援助について調整することになるはずであった。

  基本戦略を構想するうえでの中核的思想となったのは、いわゆる「クラスター戦略」であった。骨子をざっくりと言えば、 各地域の自然条件などに適合した農牧林産物の第一次生産を増進させつつ、それらの地域的産物を有機的に組み合わせ互いに 活かしつつ、特定地域にて「ブドウの房(クラスター)」のように加工のための第二次産業を振興させ、互いに国際競争力を高め合い、付加価値のある加工品を生み出し、それらの 輸出振興を図るというものである。

  パラグアイは農牧国である。特に大豆の生産量は、米国・ブラジル・中国などには一桁及ばないものの、同国にとっては最大の 生産・輸出産品である。またトウモロコシ、小麦などの国際商品の他、牧牛の生産もそれなりに多い。これらの農牧産品の生産が集中 する南東地域にあっては、例えば国際競争力のある「配合飼料」を生産し輸出する一方、それをもって畜産・養鶏・養豚業などの 産業的振興を図る。そして、付加価値を付けた肉類のパーツ冷凍品やハンバーガー・ハム・ソーセージなどの国際競争力をもちうる 加工品を製造し輸出するというものである。このように第一次産業としての農牧業の振興を図り、配合飼料やハムなどの加工品を製造する第二次産業を一定の地理的範囲に 「一房の葡萄」のように集積させ、資本・労働・原材料などの利用効率を高める一方で、輸送費などのコストの低減化を図り輸出競争力を 高め合うことを目指そうというものである。

  例えば、オレンジやレモンなどの柑橘類の生産に適し、かつその生産が盛んな地域がある。そこでは、オレンジやレモンの生での輸出だけでなく、 濃縮ジュースなどの生産・輸出に乗り出している。また、それらの搾液後の皮を利用して化粧・香水用のエキスを抽出し、エッセンシャル・オイルなど を生産する取り組みをしている。トマトなどの野菜栽培の適地では、ケッチャップや缶詰などの加工品の製造・輸出が期待できる。 成長が速く植林に適するユーカリなどの樹木を造林し、製紙用のチップを生産・輸出する事業も動き出している。 農牧林産物を生産するのは民間の営農家や企業体であり、また日系やドイツ系などの農協団体である。委託栽培の形態でそれらの団体に 所属する農協組合員などが第一次生産事業に深く関わり、さらには農協資本などをもって第二次生産事業へとチャレンジすることになる。

  「クラスター戦略」のパイオニア的取り組みと思しき事業はドイツ系農協組合の生産現場に見られた。オレンジ栽培農園をはじめ、 濃縮ジュースやエセンシャル・オイル製造プラント、組合員による大豆・トウモロコシなどの生産を活かした配合飼料 製造プラントの経営、新規の養豚場や豚解体処理工場などの建設に取り組んでいた。幾つものチャレンジングなこれらの新規事業を視察しながら 、将来政府が取り組むべき重点課題としての共通基盤整備を推し進めるための構想に思いを巡らせた。

  また、企画庁や関係省庁の実務担当者からなるクラスター形成実態調査チームが組織され、ブラジルの近隣州へ調査に 赴くことになった。JICAに調査計画書を提出し、大型バス傭上のための交通経費などを企画庁へ財政支援した。これは、ブラジルにおける クラスター戦略のさまざまな先進的先行事例を把握し、「パ」政府各省庁の実務者が行政・政策的にクラスター戦略をどのように促進す べきかを模索するうえで役立つものであった。

  「パ」政府と民間セクターが、常設のクラスター戦略推進協議会や公益法人を設立し、常に連携し施策のベクトルの方向性を確認 しながら取り組むことが要であった。特に、個々の営農家や企業、農協その他の団体の民間セクターは、 同戦略に沿ったさまざまな具体的プロジェクトを興すこと、リスクを背負いながらも投資を促進すること、協業しながら 同戦略に沿った産業育成に励むことが、国家経済振興に通じる道であった。

  他方、「パ」政府は、税制・金融面での優遇政策の促進、国内幹線道路網などの交通インフラの整備、安全で安定的な河川 航行のための内水面インフラ整備を図り、輸送コストを低減させ、国際競争力を高める必要がある。河川などでの水上輸送インフラ(内陸港湾・河川航路など)の 整備、ブラジル・チリなどと連携した太平洋・大西洋両岸をつなぐ国際輸送道路回廊の整備、また輸出促進のための加工品の品質認証、 貿易保険、食品衛生・動植物検疫・家畜衛生・度量衡などの政府検査機構の制度的強化、輸出振興策の強化など において賢明な行政施策を計画的に遂行し、パラグアイ商品への国際的信用力を高め続けることが不可欠である。

  企画庁にはクラスター戦略を推進するうえで大きな期待がかかっていた。その果たすべき責任は重大といえた。因みに、 国際協力局は、競争力向上などのために国家がなすべき施策について、日本・欧米諸国や国際機関から必要な技術・財政的支援を得ることが 期待されている。同戦略の推進にあたり国際援助を求めたいプロジェクトについて、関係省庁と協議しつつその形成上の調整を図るという 重責を負っていた。

  当時においては「経済開発調査」の実施以前からすでに、貿易振興、貿易保険や通関システムの改革、動物検疫、度量衡制度、輸送における農産品の品質 保持などに関する技術協力プロジェクトが実施されていた。これからは、「経済開発調査報告書」が推奨するクラスター戦略 の提言を踏まえて、民間セクターによる努力を側面支援するために、国家が実施すべき共通基盤的制度の改善プロジェクトが順次形成され 実施されていくことが期待される。特に各地域の農牧産品を活かしての加工品製造業の振興、民間セクターでの連携や協業、 政府によるさまざまなセクターでの加工業振興に向けた環境・基盤整備や政策的後押し(輸出振興に資する検疫や貿易保険の強化、インフラ(道路・港湾・ 航路)整備、職業訓練・人材育成など)の取り組みが求められる。特に、クラスター戦略を強力に押し進めるための官民合同の 推進機関の設置とその実効的運用が求められていた。

  在職中いろいろな課題に取り組み、構想をまとめ局長へ数々の提言をした。「経済開発調査」に関心をもち、 具体的なプロジェクトの発掘形成にも関心を寄せた。だが、赴任中播いた種の芽が出て花が開いた訳ではなかった。そのことは技術協力 の宿命ともいえ内心忸怩たる思いがあるが、悲観に暮れるということではなかった。

  提言については全て日本語・スペイン語にて記録に残し企画庁、JICA事務所へ報告した。「国づくり人づくり」では切れ目のない継続性が求められ、次代へとバトンタッチされていく ことが大事である。即座に形成・実施されなくとも、公的セクターの政治家や行政官、民間セクターの実業家や投資家らが クラスター戦略のベクトルを合わせつつ、具体的な産業振興に取り組み続けるのであれば、5年、10年後においてそれらの努力の結果としての 「芽」が現われ、次の発展へとつながると信じる。開発調査後は10年単位での見守りが必要であろう。

  「経済開発調査」の戦略提言がどんなプロジェクトに結びつきつつあるか、ここでフォローしてみたい。 赴任時から10年後のプロジェクトの発掘形成状況をフォローし、その結果経済開発はどう進展してきたかを振り返ることは有意義である。 経済開発戦略を促進するためにどんなプロジェクトが日本の協力で押し進められつつあるか。色々なプロジェクトの「種」が発芽し、 実となり新規の産業が幾つもブレークすることを期待したい。

  当時の2000年前後において実施されていたJICA技術協力プロジェクトはさまざまであった。例えば、 農牧関連では「酪農による中小規模農家の経営改善」、「大豆生産技術研究」、「小農野菜生産技術改善」、「造林普及計画」、 「ピラール南部地域農村開発計画」などであった。産業部門の強化では、「中小企業活性化のための指導教育の改善」、「流通改善 に資するアスンシオン市中央卸売市場運営改善」、社会インフラの強化と行政能力の向上につながる「質量分野検定検査技術向上」、 その他人材育成では「職業能力促進センター」、保健領域では「看護助産教育の強化」などのプロジェクトが平均して5年間の実施を 目途に続けられていた。それと並走して、「経済開発調査」が進められていた訳である。

  同調査が終了して2年後の2004年から3~5年間に実施されたプロジェクトは、その規模はさまざまであるが、「経済開発調査」に直接・間接に関連したものが 多く実施されている。農牧分野では、大豆品種改良・栽培技術向上プロジェクトの後継である「大豆シストセンチュウ及び 大豆さび病抵抗性品種の育成」、「養蜂業の多様化プロジェクト」、社会基盤整備と行政能力向上につながる「容器検査・認定機能の強化」、 「食品安全衛生・栄養ラボの強化」、「品質生産性センターの強化」などのプロジェクトがあった。その他、「輸出振興機構の強化」、 「メルコスール観光振興」に関する協力である。また、自由貿易特別地区での投資促進や産業振興を図る「マキーラ促進支援プロ ジェクト」が進められた。

  また、開発調査のセクターでは、2005~6年にメルコスール域内流通改善のための「包装技術向上計画に関する調査」、「輸出回廊整備計画のマスタープラン 策定のための調査」が実施された。例えば、2010年には、現地の「ODAタスクフォース」(在パラグアイ日本大使館、JICA事務所、その他) による2010年度(平成22年度)対パラグアイ経済協力政策に関する協議がなされた。そのテーマの一つとして、持続的経済開発、産業振興、 経済社会インフラの充実についての検討がなされ、それらの協力課題に重点的に取り組むこと、また協力プログラムを戦略化することが申し合わされた。

  1999年にわが国からの対「パ」無償資金協力が終了したが、2005年から再び対象国となった。だが、その後の6年間をみると、 殆どが小規模な無償資金協力や草の根・文化無償資金協力であり、わずかに医療分野で「アスンシオン大学病院移転計画」が机上に 載せられただけである。しかし、円借款分野で「経済開発調査」との関連で目立つのは、2013年度に「東部輸出回廊整備計画(178億円)」の 交通インフラ整備が取り上げられた。また、2016年度に「パラグアイ川航路浚渫整備計画の準備調査(2016~2017年)」がなされた。

  なお、2012~16年度に技術協力プロジェクトとして、日系農業協同組合が取り組む農牧分野でのクラスター形成のための努力を側面支援 する「農協クラスター形成支援プロジェクト」が実施された。これは「経済開発調査」後において、「クラスター」という冠を付して その推進に特化した初めての協力プロジェクトであった。クラスター戦略促進に向けたプロジェクトの発掘形成の多寡については さまざまな議論はあろうが、同調査実施国の日本としては髙い関心を寄せてフォローしてきたところである。もちろん、クラスター 戦略推進の取り組みは日本・JICAだけではないが、ドイツなどの欧米諸国によるその取り組みの詳細は不承である。

  2014年(平成26年)の日本経済新聞に関連記事が掲載されていた。それによると、パラグアイは民間資金も活用しながら、1.6 兆円を社会インフラ整備に投資することを発表した。2014年から5年間にわたる投資として、道路・河川整備計画を実施し、 大豆・牛肉などの主要輸出産品の輸送効率の向上につなげるという。農牧産品輸出のためのパラグアイ川港湾整備なども含まれる。 パラグアイは地理的にみて南米大陸の真ん中に近いという利点を生かし、農牧加工品の製造業振興の拠点化をめざすという。また、 民間資金を活用する官民パートナーシップ(PPP)方式の導入も視野に入れるという。

  2000年初期段階ではパラグアイの大豆輸出は世界4位、牛肉輸出は8位であった。パラグアイにとっては輸送インフラ整備に よって輸送コストを削減し国際競争力をより高めること、農牧産加工業を筆頭にした製造業の比率を高め経済構造を一層強固にすること、 また輸出振興を促進することは、将来予見しうるいつの時代にあっても追い求めなければならない国家施策であるに違いない。 10年、20年の時が経ても、「パ」がめざす経済発展戦略のベクトルの方向性は根本的に変わることはなかろう。「パ」の協力最前線に 赴任した専門家として、「種」を播くために暗中模索しながら、「土を耕したり、時にほんの一握りの種を播いた」。そして、2003年以降の10年ほどを振り返ってみると、 両国関係者が「クラスター戦略」に直接・間接に絡むいろいろな種を播いてきたことを知って嬉しい限りである。「パ」の農作物や 畜産品の第一次生産をベースに、その加工品製造業が殖産され、クラスター戦略が着実に推進されることを期待し、今後も見守り続けたい。

 

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