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    第15章 ニカラグア運河候補ルートの踏査と奇跡の生還
    第4節 運河候補ルートの踏査(その1): ブリット川河口など


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     第15章・目次
      第1節: ニカラグアに足跡を遺した歴史上の人物たち(その1)/コロンブス、コルドバなど
      第2節: ニカラグアに足跡を遺した歴史上の人物たち(その2)/海賊モーガン、英国海軍提督ネルソンなど
      第3節: 「ニカラグア運河の夢」の系譜をたどる
      第4節: 運河候補ルートの踏査(その1): ブリット川河口など
      第5節: 運河候補ルートの踏査(その2): エスコンディード川、エル・ラマ川など
      第6節: 運河候補ルートの踏査(その3): サン・ファン川と河口湿原
      第7節: オヤテ川踏査中における突然の心臓発作と奇跡の生還 (その1)
      第8節: オヤテ川踏査中における突然の心臓発作と奇跡の生還(その2)
      第9節: コンセッション協定が締結されるも、「ニカラグア運河の夢」再び遠ざかる

      序章~第13章 | 第14章 第16章 | 第17章~最終章




  中米地峡横断運河の建設にまつわる過去150年ほどの歴史を遡ると、ニカラグア政府や国民にとって、 自国領土内の地峡に両大洋をまたぐ船舶運河を建設することは長年の夢であったことがよく分かる。そして、ニカラグアは西欧列強諸国の政治的 思惑に翻弄され、その夢の実現に一歩近づいたり、遥かに遠遠ざかったり、あるいは時に立ち消えとなったりしてきた。

  さて、最近の新しい動きとして、ニカラグア政府が運河に関するプレ・フィージビリティ調査(実現可能性に関する事前調査、プ レF/S調査)報告書なるものを公表した。エル・カスティージョ要塞の展示室で「ニカラグア運河の夢」の存在や経緯などを知り、それへの関心を深め、 展示パネルの説明書きを読み解き、深掘りしてきた。その過程で同調査報告書の存在を知ることになった。

  ニカラグアで長く続いた内戦であったが、当時のオルテガ大統領が率いる「サンディニスタ民族解放戦線」と米国が後方支援する反政府反革命勢力 「コントラ」との間でようやく和平合意が成立した。その後1990年初めに実施された国政選挙で、当時のオルテガ大統領政権がまさかの敗北を帰し、下野した。 そして、その後は親米中道派の政党が長期にわたり政権を担った。その流れを汲むボーラーニョス大統領の政権下において、既述のプレFS調査の結果を 取り纏め、2006年8月に「ニカラグア大運河計画概要書」(略称:GCIN)なるものを公表した。同概要書は、ニカラグア政府が組織した「運河調査 委員会」が、運河建設に関し技術・工学、法律、環境、経済の観点から調査分析を実施したものであった。

  同概要書の中で、6つの運河の有望候補ルートの存在を知った。「運河の夢」が完全に葬られていた訳ではなかった。夢が再びニカラグアの政治の 表舞台に登場し、現代に蘇ってきたといえる。かくして、現世に復活したその夢を追いかけることにした。エル・カスティージョ要塞探訪からの帰途のこと、 6つの運河候補ルートのうちの幾つかについて、河川や分水嶺などを辿ることを思いついた。特に運河がどうしても越えねばならない 分水嶺辺りの地形を踏査し、堰堤をもってどの辺りで河川を堰き止め、閘門を建設することになるのか、自身の足と目で探ってみたかった。

  こうして、ニカラグアに根を張って暮らしていることに由来する又とない絶好の機会を捉えて、地図を片手に有望ルート上の河川を踏査して、運河の夢を 追いかけることにした。候補ルート沿いに走る道は皆無に近かったので、定期路線水上バスかチャーターボートで探索するほかなかった。 踏査には土木分野の青年海外協力隊員1名の他、関心のある隊員2、3名の参加を募って実行に移すことにした。

  さて、同概要書に記される運河の有望候補ルートについてであるが、6つのルート(ルートNo.1~No.6)が挙げられ、うちルートNo.3が最も 有望であると推奨されている。6ルートを、河川をベースに類型化すれば、下記の2つのグループに大別される。

  先ず第1グループ(ルートNo.1~No.3)について。大西洋(カリブ海)に注ぎ込むエスコンディード川は、その中流域にあるエル・ ラマという町の近傍で枝分かれしている。その本流はシキア川という名前に変え、そのまま源流へと向かい、その6㎞ほど上流で支流のミコ川と合流する。 また、エスコンディード川は、エル・ラマでエル・ラマ川という支流と合流する。このように、エル・ラマの周辺域では、シキア、ミコ、ラマの3本 の河川がエスコンディド川本流へと流れ込む。

  エスコンディード川は「ブルーフィールズ湾」という大きな湾の北端に流れ出た後、狭水道を経て大西洋へと注ぎ込む。同河川の河口部には、ブルーフィールズという 「北大西洋自治地域」の行政府を擁する港湾都市が所在する。そして、同湾の南端では、ククラ川という河川が流れ出た後、別の狭水道を経て 大西洋へと注ぎ込む。ブルーフィールズの沖合には南北15㎞ほどの細長い「ベナード島」があって、同湾はベナード島によってほぼ塞がれている。同湾 はまさに半閉鎖海となっており、またいかにも巨大なラグーン(潟湖)の様相を呈する。かくして、同湾や2つの河川はベナード島の南北端にある 2つの狭水道によってかろうじて海と繋がっている。

  さて、候補ルートNo.1~No.3を大まかに記すと次のようになる。
・ ルートNo.1は、エスコンディード川、シキア川、そしてミコ川を上流へと辿るが、やがて河川ルートから完全に外れて、エル・ラマ川の中流域へと向かい、エル・ラマ川に取り付く ことになる。
・ ルートNo.2は、エスコンディード川を少し遡上した後、「マホガニー・クリーク」という支流に入り込むが、やがて河川ルートから完全 に外れてエル・ラマ川の中流域へと向かい、エル・ラマ川に取り付くことになる。
・ ルートNo.3は、ククラ川をかなり遡上した後、河川ルートから完全に外れて、エル・ラマ川の中流域へと向かい、エル・ラマ川に取り付くことになる。

  これらの3ルートに共通することは、エスコンディード川の支流であるエル・ラマ川に、その中流域で取り付くことになることである。 その後は、これらの3ルートはいずれも太平洋に至るまでほとんど同じルートを辿る。即ち、エル・ラマ川の源流を経て、ニカラグア湖に注ぎ込む オヤテ川との分水嶺を越え、その後は同河川をなぞりながらニカラグア湖へと至る。そして、ニカラグア湖横断後、リーバス地峡の開削水路を 通って太平洋へと至る。

  さて第2グループ(ルートNo.4~No.6)について記したい。
  ・ ルートNo.4は、「南大西洋自治地域」の行政府を擁するサン・ファン・デル・ノルテ(英名:グレータウン)の80kmほど北において大西洋に注ぎ出る プンタ・ゴルダ川(プンタ・ゴルダ湾中部、またはブルーフィールズから数70kmほど南に注ぎ出る)を上流になぞりつつ、その分水嶺を越えてトゥーレ川に 取り付き、それをなぞってニカラグア湖に至る。
・ ルートNo.5は、同じくプンタ・ゴルダ川を中流域辺りまで遡上し、その後南進して別の分水嶺を越え、サバロス川源流に取り付く。その後 サバロス川をなぞりつつサン・ファン川に取り付く。そして、サン・ファン川をなぞってニカラグア湖に至る。
ルートNo.6は、サン・ファン・デル・ノルテから「インディオ・マイス自然保護区」の亜熱帯ジャングルや湿地帯をストレートに縦貫し、サン・ファン川に取り付き、 そのまま同河川をなぞってニカラグア湖に至る。

  ルートNo.1~No.6は、オヤテ川、トゥーレ川、あるいはサン・ファン川のニカラグア湖岸からそれぞれ同湖を横断し、オメテペ島の南側を 迂回し、ニカラグア湖畔の集落ラ・ビルヘン付近にあるラス・ラッハス川河口に取り付くことになる。そして、同河川の 源流にある分水嶺を越え、太平洋に注ぎ出るブリット-グランデ川に取り付き太平洋に至る。太平洋とニカラグア湖との間にある最も狭い陸地 (その直線距離は20㎞そこそこである)のいわゆる「リーバス地峡」を縦断するのは、これらの6つのルートに共通している。 既述の通り、同報告書において最有望候補ルートとして推奨されるのが、ブルーフィールズ湾南端に注ぎ込むククラ川の河口から遡上し、 エル・ラマ川の中流部に取り付き、オヤテ川との分水嶺を越え、ニカラグア湖とリーバス地峡を縦断するという「ルートNo.3」である。

  机上において、河川の流路をなぞり、その周辺の詳細な地形・等高線などを読み取り、運河コースをプロッティングする上で最も助けに なったのは、日本政府の無償資金協力によって、その昔JICAが地図製作を行なった時の輝かしい成果である「縮尺5万分の1の全国地図」であった。 ルートをほとんどカバーすることになる30枚ほどの地図を「ニカラグア国土地理院」で購入し、自宅居間の壁一面に貼り付けた。同概要書には 詳細な運河ルート図や説明がある訳ではなかった。極おおまかなルート概念図を頼りに、自己流で、具体的に6ルートはどのような コースを辿ることになるのか、河川の流路や等高線などを睨みながら、緩やかなコースを地図上に書き入れたりした。

  特に週末には、壁一面を占拠している地図を眺めながら、掘削量が少なくて済むことになる最も低地を睨みながら、 25万積載重量トン級の船が航行しやすい緩やかなカーブを描くコースを地図上に書き込んだり、消したりしながら楽しんだ。特に、閘門や堰堤で 河川水を堰き止めても、その上流部において水が溢れ出ない地形を睨みながら、閘門や人工湖の建設可能地を想定しようとした。

  そして、候補ルートのいずれの地点に、実際にどのように足を踏み入れるのか、その時期や経路などの計画を練り、実行に移す諸準備を 少しずつ行なった。踏査したいほとんどの地点は、ランチャという平底の細長いボートを借り上げて遡航する他ないと覚悟を決めた。 かくして、「運河の夢」に巡り合ってからは、まるで自身の夢であるかのようにわくわくし高揚感が高まった。踏査のための旅(日帰り、 週末2日間、2泊以上の旅)の第一歩を、最も容易と思われる太平洋側のブリット川河口周辺から踏み出すことにした。 運河ルートの踏査という実際的行動によって、より身近に運河の夢と関わり合いをもつというアイデアを自らひねり出した。それによって、 ニカラグアでの仕事と生活の両面にわたり楽しむという環境作りへとつながって行った。

  基本的には、現地踏査や机上調査はプライベートなものであった。将来仕事との連環が生まれるかどうか分からなかったが、そうであれば素晴 らしいことと内心期待していた。それがどうであれ、赴任中に手にした「運河の夢」を追いかける折角の機会であり、その意義を分かち 合えればなおよしと考えた。そこで、関心のある青年海外協力隊員を募ったところ、幾人かの隊員と体験を共有できることになった。 日帰りや週末だけでなく、一部の踏査では有給休暇を使用することもにもなった。ほとんどが2009年中における集中的踏査となった。

  JICAがODAの一環として製作した、ニカラグア全土をカバーする縮尺5万分の1の地図は誠にありがたかった。そのお陰で、机上調査や現地踏査 の公立や実効性を大幅にアップすることに繋がった。縮尺5万分の1の地図さえあれば、実際のどんな小さな山やその稜線などの地形も、 地図上で同定できるという変な自信があった。大学時代、ワンダーフォーゲル部での山行において地図読解能力に磨きをかけた お陰であった。JICA人生を振り返ってみて、JICA技術協力の成果からこれほど大きな個人的かつ直接的な恩恵を享受したことはなかった。地図4、5枚 を丸めて、まずは6ルート共通のコースであるリーバス地峡、ブリット川河口やその周辺を少なくとも4度は訪れ、その地理的状況などに 理解を深めた。

  地図を広げて容易に気づくのは、幅20数㎞のリーバス地峡部分には、太平洋に注ぐブリット川(およびその支流であるグランデ川)と、ニカラグア湖に 注ぐラス・ラッハス川とがほぼ対角線上に向き合って地峡の平野部を流れる。そして、両河川の分水嶺を経て、それらの流路の先を結び合わせると、 想定されるコースは、緩やかなS字形カーブを描く。地図上で分水嶺周辺の等高線などをしっかり読みながらコースを想定する一方、分水嶺辺りの 実際の山なみ・稜線や谷筋の地形を尾根に登って目視したり、河川沿いの道路を部分的に走行したり、河川流路に沿って自身の足で歩いたりもした。

  先ずもってブリット川河口域を何度か訪れた。河口のすぐ傍にある小高い山に登ると、河口域の海岸線や内陸側の地形などを4~5kmにわたって目視 することができた。河口域は亜熱帯樹林で覆われているが、内陸部に向かって低湿地帯が幅数㎞、奥行き4㎞ほどに渡って広がる。そして、 そのすぐ先では、両側から標高200mほどの山の尾根が迫り、その間には幅数kmの低地狭隘が所在している。そこにブリット川が流れている。 正にこれが最初の堰堤・閘門建設可能地と言えよう。

  同狭隘を抜けると、内陸部に向けて、幅数㎞、奥行き6kmほどの「平坦地形」が広がり、当時それらは放牧地として利用されていた。 その平坦地形の最奥部には標高250~300m、長さ8㎞ほどの山地が正面に横たわり、その西端にはトーラというごく小さな町がある。 ブリット川は、その平坦地形の東沿いを蛇行しながら、その山地の東端で分岐し、本流は西方へ、支流は「グランデ川」となって「狭い谷筋」を通って、 その源流へと続く。だが、その途中で本流から分岐した小川のような分流がラス・ラッハス川との分水嶺へと繋がって行く。「狭い谷筋」は幅1km、長さ7㎞ほどで、 両側には標高100-200mの山地が横たわる。正にここが第二の堰堤・閘門建設可能地と読んだ。だが、いずれの低地狭隘も谷筋も地質上のことは 不問不詳である。

  地図上で、グランデ川がその「狭い谷筋」を通り抜けた後、そのまま直進し低い山中へ分け入ると、グランデ川とラハッス川の両河川の 分水嶺を形成していると思われる地形に至る。その分水嶺は長さ2㎞、幅1kmほどの規模であり、その最大標高は47mほどで、波打つ丘のような 様相を呈している。起伏が穏やかで標高も低いので、そもそも分水嶺が何処にどうあるのか見分けることが困難なほどである。分水嶺を抜けると、 平坦地がニカラグア湖畔まで続くが、その平坦地形の中に標高100mほどの孤立した小さな山々が散在する。

  総論的には、リーバス海峡を開削する上で、大きな地形上の障害はほとんど見当たらないというのが率直な印象である。 リーバス地峡での運河予測コースは、河川流路、自然の谷筋・低地・分水嶺などを総合的にみて、選択の余地がないほど誰の目にも一目瞭然 であるように見受けられる。因みに、ずっと後になって、オルテガ大統領と中国民間企業が運河建設事業コンセッション契約を締結し、運河の フィージビリティ調査を行いルート図案を公表したが、リーバス地峡での運河コースは、当時地理上に書き込んだものとほとんど同じであった。

  さて、ブリット川河口から4㎞ほど上流にある最初の狭隘部に至るまでの低湿地帯には、太平洋岸から最初の運河閘門へと通じるアクセス水路、 さらには掘り込み式の港湾水域や船舶特別待避水域などが造作されることになると想定した。誰が見てもそれしか可能性はないと想定される。そして、 ブリット川が既述の「狭い谷筋」へと入る辺りに、3段式閘室からなる閘門システムが建設されるのではないかと、想定してみた。そこから ニカラグア湖まで、全長15㎞、幅200mほどの水路が開削されることになろう。

  閘門システムの建設によって、湖水はその水路を伝って、閘門まで導水されることになる。そして、船舶を昇降させるための「水の階段」 の操作にはその湖水が直接的に利用されことになろう。毎日それなりの大量の湖水が船の閘門通過によって消費されることになる。 閘門にてその「狭い谷筋」を堰き止めたとしても、意味のある人工湖をその内陸側に造成することは地形上無理があり、水源はニカラグア湖のみに頼ることになろう。

  3段式閘門システムを「平坦地形」の最奥部ではなく、ブリット川のもっと河口寄りに(最初の狭隘部のこと)建設しえるとしても、この場合、 「平坦地形」の最奥西端にあるトーラの町が水没する可能性がある。水没防御には長さ数km、又はそれ以上の堰堤をもって保護する必要があろう。

  閘門オペレーション用の水源としては、極小規模な人工湖であっても、一旦ニカラグア湖水をその人工湖で受け止めた上で、3段式閘門を 昇降することが好ましいとも考えられる。閘門と人工湖を表裏一体で建設することが最も望まれるところであろうが、人工湖を建設できる場所 はそこ以外には見当たらない。 とは言え、人工湖はわずか推定20平方km、貯水量0.4立法㎞ほどに過ぎず、閘門オペレーションにどれほど有効性があるものか懸念される (絶えずニカラグア湖からの導水によって補充される必要がある)。あれやこれやと、地峡での運河コースや閘門などの建設可能性などについて想像を逞しくしてみた。

  パナマ運河の場合と同様に、ニカラグア運河の場合でも、閘門を建設しないという選択肢はない。太平洋の平均海水基準面とニカラグア湖の平均基準 湖水面との高低差は32mほどあるといわれる。少なくとも3段に及ぶ閘室をもって昇降できる「水の階段」(3閘室×11m)が必須である。閘門や堰堤を 建設しないで、湖から太平洋に向けてストレートに水深20数メートルの水路を開削すれば、湖水はほとんど流出し干上がってしまうことになろう。

  リーバス地峡ルートではこのように、運河コースのことよりも、むしろ閘門建設位置や方式の選択や、閘門オペレーションのための水源が より重要なテーマであろう。なお、6候補ルートとも、多少の距離的違いはあっても、ニカラグア湖を横断通航することは共通する。 同湖の平均水深は浅く、その最高水深は26メートルほどと言われる。 従って25万積載重量トンの船舶が行き来できる湖面横断航路と共に、船の回頭・停泊用水域を含め可なり広面積の大深水域を確保するために 浚渫されなくてはならない。

  さて、次の踏査目標は、ルートNo.1~3のエスコンディード川、ククラ川、およびエル・ラマ川流域に絞られた。自宅の壁面に貼り付けた地図を 眺めながら、週末ごとにその具体的な踏査プランを思い描き、一人高揚感に浸ることも多かったが、それも楽しいものであった。



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    第15章 ニカラグア運河候補ルートの踏査と奇跡の生還
    第4節 運河候補ルートの踏査(その1): ブリット川河口など


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      第1節: ニカラグアに足跡を遺した歴史上の人物たち(その1)/コロンブス、コルドバなど
      第2節: ニカラグアに足跡を遺した歴史上の人物たち(その2)/海賊モーガン、英国海軍提督ネルソンなど
      第3節: 「ニカラグア運河の夢」の系譜をたどる
      第4節: 運河候補ルートの踏査(その1): ブリット川河口など
      第5節: 運河候補ルートの踏査(その2): エスコンディード川、エル・ラマ川など
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      第7節: オヤテ川踏査中における突然の心臓発作と奇跡の生還 (その1)
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