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    第15章 ニカラグア運河の踏査と奇跡の生還
    第9節 コンセッション協定が締結されるも、「ニカラグア運の夢」再び遠ざかる


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      第15章・目次
      第1節: ニカラグアに足跡を遺した歴史上の人物たち(その1)/コロンブス、コルドバなど
      第2節: ニカラグアに足跡を遺した歴史上の人物たち(その2)/海賊モーガン、英国海軍提督ネルソンなど
      第3節: 「ニカラグア運河の夢」の系譜をたどる
      第4節: 運河候補ルートの踏査(その1)/ブリット川河口など
      第5節: 運河候補ルートの踏査(その2)/エスコンディード川、エル・ラマ川など
      第6節: 運河候補ルートの踏査(その3)/サン・ファン川と河口湿原
      第7節: オヤテ川踏査中における突然の心臓発作と奇跡の生還 (その1)
      第8節: オヤテ川踏査中における突然の心臓発作と奇跡の生還(その2)
      第9節: コンセッション協定が締結されるも、「ニカラグア運河の夢」再び遠ざかる

      序章~第9章 | 第14章 第16章 | 第17章~最終章



  ニカラグアに赴任中(2009年)にチャレンジした運河候補ルートの踏査には、たいてい1~4名の青年海外協力隊員が参加してくれていたが、K土木隊員だけは ほぼいつも同行してくれていた。土木専門だけあって、運河への関心はさすが半端ではなかった。私が、彼女に幾度か語っていたことが ある。「私はニカラグア運河ルート上の心臓部のニカラグア湖に超巨大船が浮かび、オメテペ島の双子火山を背景に航行する姿を現実に眺める ことはできないだろうが、貴方はまだまだ若いから生きている間にきっと見られる時が来るだろう」。「少なくとも貴方のお子さんは、マンモス船 の雄姿を見られるに違いない」と。ところが、2013年になって、団塊世代に属し、還暦を過ぎた私すら見ることができる可能性が出て来たのにはびっくり仰天であった。

  ニカラグア政府は、ボラーニョス大統領時代の2006年8月、ニカラグア運河の建設に関するプレ・フィージビリティ調査報告書として、 「ニカラグア大運河計画概要書」(略称:GCIN)なるものを発表し、その中で、6つの運河候補ルートを明らかにし、運河建設に向けてのアドバルーンを上げた。 2007年9月に赴任した私は、エル・カスティージョへの旅で偶然にも、「ニカラグア運河の夢」を知ることになった。そしてその後、幾つかの候補 ルート上にある河川の現地踏査を敢行した。だが、私が生きている間にあっては、運河建設が開始されることなどありえない、と思い込んでいた。

  ところが、ニカラグアから帰国後4年ほど経た2013年になって、ニカラグア発のびっくり仰天のビッグ・ニュースに遭遇した。同年6月、当時 なおも政権の座にあったダニエル・オルテガ大統領が、香港系中国通信会社設立の「香港ニカラグア運河開発投資会社」(略称「HKND Group」) の王(Wang Jin)会長との間で、運河建設事業に関するコンセッション契約を締結したというのである。オルテガ大統領は国家の長年の「運河の夢」を自身の任期中の歴史的 レジェンドとして一気に実現しようという風に、私的には見えた。契約はいかなる内容なのか、関連情報をネットなどを通じて収集し始めた。かくして、建設計画のアウトラインが徐々に明らかになってきた。

  コンセッション契約は、運河建設の本体部分であるメガプロジェクトと、付帯する開発事業であるサブプロジェクトの 計画立案・設計・資金調達・建設・運営・保守などの全ての事業活動を排他的に請け負うこと (コンセッション) を取り決めた商業協定であった。 契約によれば、運河の建設・運営管理などの独占的請負の権利を50年間認められる。サブプロジェクトとしては、太平洋沿岸の運河入り口に 建設される国際港湾施設(港湾工事は手始めに太平洋側でなされるという)、リーバス地区での国際空港施設や観光・住宅などのための 複合施設の建設、港湾に併設される自由貿易区の設営、「陸の運河」(ドライ・カナル)と称される鉄道・原油パイプラインのインフラ整備、その他 関連道路網の整備が対象であった。

  オルテガ大統領は、自身の政治的支持基盤である「サンディニスタ民族解放戦線(FSLN)」という政党が多数派を占めるニカラグア議会で、運河を建設 することを承認する法案を可決通過させた。即ち、議会は、大統領・王会長とが調印した前日に、同契約の締結についての承認を裁可した。 事業権の付与期間は50年間とされ、その後50年間の延長も可能とされているので最長100年間の付与となる。

  余談であるが、契約相手方の「香港ニカラグア運河開発投資会社」の母体である中国通信会社「Xinwei Telecom Enterprise Group」とはいかなる会社か、その当時から大いに話題となった。 同投資会社は、2012年11月7日に、イギリスの海外領土であるケイマン諸島の中の最大の島であるグランド・ケイマン島(Gran Caimán)で設立された。 本社は香港にある、とされた。ニカラグアにおいては、首都マナグアに所在する弁護士事務所が同会社を代表していた。会長は王氏(Wang Jing;  2013年当時40歳)であった。当時、HKNDグループはコンソーシアムを組織していた。その構成員は、「中国鉄道建設会社(China Railway Construction Company; CRCC)」である。 その他、王会長の通信事業会社の「Xinwei Telecom Enterprise Group」であった。

  同運河開発投資会社(HKNDグループ)は、その後いくつかのコンサルティング会社と契約を結び、「プレ・フィージビリティ調査」なるもの を実施した。すなわち、2013年3月以降になって、中国鉄道建設会社(CRCC)、マッキンゼー(McKinsey)、環境リソーシーズ・マネジメント(ERM:  Environmental Resources Management)などと協力して、運河調査を実施した。 CRCCは、実際のフィールドにおいて、地理、地質、水文(陸水)などに関連する調査や、その他環境、社会、経済、技術的関連情報を収集し、それらを 総合しながら、運河ルートの調査研究を行ったという。

  HKNDグループは、その後「大運河プロジェクト」と銘打って、その計画案を取りまとめ、2014年7月に「大運河プロジェクト」の概要を説明 するためのワークショップを首都マナグアで実施した。その中で、特に運河ルート、人工湖や閘門システムの設計に関する調査結果につきマスコミに 公表した。

  ボラーニョス政権が2006年8月に発表した、「ニカラグア大運河計画概要書」(略称:GCIN)では、6つの候補ルート(No.1~6)を提案していたが、そのうち「ルートNo.3」が最も有望ルートと 推奨されていた。ルートNo.3とは、大西洋側のブルーフィールズ湾南端に注ぎ出るククラ川河口(ラマ・キー島に近傍)からエル・ラマ川中・上流 へ取り付き、オヤテ川との分水嶺を経てニカラグア湖に至るルートである。だが、「大運河プロジェクト」案では、候補から除外された。代わりに、 「ルートNo.4」をベースにした修正ルート案を提示した。即ち、プンタ・ゴルダ川に沿って西行し、その中流に建設される閘門と人工湖、さらに 分水嶺を越えて、トゥーレ川をなぞりつつニカラグア湖に至るというルートである。なお、環境影響評価調査を行い結果を公表するとされていたが、それは ずっと後になってからである。

  さて、HKNDグループの「大運河プロジェクト」では、GCINにいうルートNo.4の修正ルートが推奨されたが、その理由についていろいろと列挙している。 太平洋・大西洋の両洋間の運河航路の総延長距離は286kmであるとされる。太平洋岸のブリット川河口付近から、海抜32mほどの高度 にあるニカラグア湖までの「リーバス地峡」の距離は26kmほどである。その間に3段連続式閘室の水の階段である「ブリット閘門」が建設され、 水位差が克服される。同湖の西岸から東岸のトゥーレ川河口付近までの湖水内では、幅280m、水深28m、長さ107kmの航路帯(レーン)が浚渫される ことになっている。

  トゥーレ川河口付近から大西洋岸まで、幅230m、水深27m、長さ106kmにおよぶ運河航路が開削なされるという計画案である。その ルート途上において、カリブ海に注ぐプンタ・ゴルダ川を堰き止め、人工湖の「アトランタ湖」が造成されるという。 人工湖は395平方km(ニカラグア湖のほぼ4.8%の広さ)であるという。乾期の水不足に備えて、幾つかの補助人工湖(アグア・サルカ貯水池 など)も造成される。アトランタ湖の東端には、同じく3段連続式閘室からなる「カミーロ閘門」が建設される計画である。 このNo.4修正ルートの建設による大西洋側地域の自然環境などへの影響については、他のルートに比して最小限に抑制されるという。比較的平坦地が多いが、局所的には、 特にトゥーレ川とプンタ・ゴルダ川の分水嶺付近においては、標高100~200mの山地が数10kmに渡り横たわっている。いずれにせよ、動植物、 農牧生産、先住民の生活圏への影響など、考慮されるべき事項は多岐にわたる。

  何故、2006年のプレ・フィージビリティ調査報告書(GCIN)に言うルートNo.1、2、3、およびNo.5、6が除外されたのか。 ルートNo.1~6について、改めて比較優位性などについて再検討が行われた。その結果、「大運河プロジェクト」において最有力候補ルートに選定されたのは、 ルートNo.4にだいたい沿ったものであった。「大運河プロジェクト」で示された理由を簡潔に言ってしまえば、自然環境や動植物生態系などへの影響、先住民族らへの 社会・文化的影響に関して、各ルート間での比較検討と消去法的な考察の結果によるものである。また、隣国コスタリカとの二国間関係への配慮によるものである。

  ルートNo.1は、エスコンディード川をなぞりつつ、内陸都市エル・ラマ近傍でシキア川へ、さらにミコ川(シキア川支流)をなぞり、最終的 にはエスコンディード川支流であるエル・ラマ川の中流域に取りつく。そして、オヤテ川との分水嶺を越えてニカラグア湖に至る。 ルートNo.2は、エスコンディード川を少し遡り、その支流の「マホガニー・クリーク」周辺の亜熱帯雨林を大回りに横切り、同じくエル・ラマ川中流部 へと取り付く。その後は同様のルートをたどりニカラグア湖に至る。このように、No.1とNo.2は、エスコンディード川とエル・ラマ川をかなりの部分 において共通してなぞる。

  「大運河プロジェクト」では、何故に、候補ルートNo.1とNo.2が除外されたか。ブルーフィールズ湾への社会的、自然環境的インパクトを考慮して運河開削は 妥当ではないとされた。カリブ海沿いのラグーナ・ペルラス(エスコンディード川はブルーフィールズ湾北域に注ぎ込むが、ラグーナ・ペルラスは 同湾のすぐ北方に位置し、亜熱帯雨林に取り囲まれるラグーン)やブルーフィールズ湾には、絶滅が危惧される海ガメ4種の棲息地が存在する。 また、ブルーフィールズ湾は「ラムサール条約」の湿地帯に登録されている。同湾およびそれに注ぎ 込む河川の河口域での水理力学的特性への潜在的インパクト、同湾周辺の亜熱帯原生樹林、希少な動植物やサンゴ礁などの存在と、それに大きく依存 するエコツーリズム関連のサービス産業に対する潜在的インパクトなどが配慮されたという。また、ミスキート族などの先住諸民族の存在の他に、 ブルーフィールズという「北大西洋自治地域」の行政府が所在し、カリブ海沿岸で最多人口を擁することなどが、配慮された。

  ルートNo.5は、カリブ海に注ぐプンタ・ゴルダ川河口付近から内陸部へと深く西行した後、南方へ転進しつつ分水嶺を越える。その後、サバロス川をなぞり サン・ファン川に合流した後、同河川をなぞりつつニカラグア湖に至る。 ルートNo.6は、サン・ファン川河口にある町サン・ファン・デル・ノルテ(グレータウン)から原生樹林・湿地やラグーンをストレートに縦断した後、 サン・ファン川に取り付き、さらにそれをなぞってニカラグア湖に至るルートである。No.5とNo.6の共通点は、サン・ファン川の大部分、または一部分をなぞって ニカラグア湖に至ることである。

  「大運河プロジェクト」では、何故に、候補ルートNo.5とNo.6を除外するに至ったのか。サン・ファン川河口・下流域では、広大な 面積をもつ亜熱帯原生樹林でもって濃密に覆われている「インディオ・マイス生物保護区」が設定されている。そこは「中米の肺」と呼ばれている。 それへの大きな負のインパクトが危惧され、国内外において強い批判や反対を呼び起こすことは誰の目にも明らかであった。また、 サン・ファン川を堰き止めることになる堰堤と閘門は、同河川の流路や、同保護区およびその他の原生樹林への重大な負のインパクトをもたらすこと なく建設することは不可能であろう。 ニカラグア湖は海抜32mほどにあるので、サン・ファン川を海面式運河にするとニカラグア湖の水は海へ流出してまうので、必ず閘門式運河 にする必要がある。また、同河川南岸の大部分の水際においてコスタリカとの国境線をなしている。同河川に沿って浚渫すれば、両岸周辺の自然環境や国境線などに重大な インパクトをもたらし、二国間での紛糾は不可避的となろう。

  実は、ニカラグア外務省は、2014年5月に、コスタリカ外務省に対して、国境河川(サン・フアン川のこと)に沿っての運河建設計画を 放棄する旨、公式に通告した。エル・コラルという所には海ガメの重要な営巣場所があること、サン・フアン川のエコシステムへの配慮によるものと される。サン・ファン川の浚渫、その両岸の切削などによる動植物生態系や自然環境への重大な負の影響は避けられそうにないからである。

  また、HKNDグループは、天然の大水源であるニカラグア湖から流れ下るサン・ファン川を経るルートは選択されえないことを 決定済みである旨を、コンセッション契約の締結の早い段階で発表していた。100km以上にわたり同河川をはさんで国境線を接するコスタリカと 川底浚渫・川岸拡張による国境線・航行および自然環境などに関する外交交渉において、長期かつ不毛な対立に関わること、また利害調整に非常な 労力をかけることを回避したいというニカラグア政府の思惑があったのは確実であろう。ニカラグア政府としては、初期段階から賢明な 選択をしたということになろう。

  GCINでは最有望であったルートNo.3は、自然環境や先住民コミュニティへのインパクトを最小限に抑制する必要性から、「大運河プロジェクト」では 候補ルートから外された。その代わりにルートNo.4を若干修正したルートが最適なものとして提案された。 このNo.4修正ルートの選択によって、「インディオ・マイス生物保護区」を最大限に回避し、かつ先住民コミュニティへの影響も縮小化されるという。 なお、太平洋側では、ブリット川河口付近を起点にして、ニカラグア湖西岸の地方都市リーバスの少し南方のラス・ロッハス川河口に向けて、 緩やかなS字形カーブを描きながら地峡を横断するというもので、そのルートは一貫して不変である。

  さて、「大運河プロジェクト」の技術的主要目について概観しておきたい。No.4修正ルートの総延長距離はおよそ278kmと概算されている (ニカラグア湖を通過する区間としての105kmを含む)。20フィート長のコンテナ25,000個(40フィートコンテナ12,500個分)を積載可能なコンテナ船、積載重量40万トン のばら積み船、同32万トンの石油タンカーの両面通航を可能にするという運河計画である。航路の計画水深は、27.6~30m(ニカラグア湖の最大水深は26m)、 その幅員は230~520mである。通過待ちのために供される側湾(待避用水域)での幅員は520mである。 閘門は一つのレーンからなる。年間通航可能船舶数は5,100隻と見込まれている。船舶一隻当たりの運河通過所要時間は30時間である(通過だけであれば20時間 程度。パナマ運河の場合のそれは6時間程度である)。なお、開削される分水嶺における最大標高差は200メートルである。

  ここで、パナマ運河について少し触れておきたい。パナマ運河拡張プロジェクトは2007年に始まり、9年を費やして2016年6月に完成した。 新閘門を通航できる船舶の大きさの上限は、長さ366m、幅49m、喫水15.2mである。新しい運河閘室は、コンテナ船について 言えば、20フィートコンテナ積載換算で20,000個のコンテナを積載する船舶を通航させることができる。従来の運河での閘門においては、 通航可能船舶のタイプとサイズに一定の制約があった。即ち、閘室の制約上から、長さ294.13m超、幅32.3m超の船は通航できなかった。 また、熱帯淡水満載吃水線は12.04mを超えることができなかった。この最大限界ぎりぎりの船は「パナマックス船」と呼ばれた。 そして、その限界を超える船は「ポストパナマックス船」と呼ばれていた。新閘室が完成した現在では、その最大限界ぎりぎりのコンテナ船は 「ネオ・パナマックス船」と呼ばれる。

  さて、「大運河プロジェクト」における人工湖、閘門、水資源などについて話しを戻したい。閘門は大西洋・太平洋側に各1式ずつである。太平洋側では「ブリット閘門」が リーバス県内の村落リオ・グランデ近くに建設されることになる。大西洋側では、「カーニョ・エロイサ」という小河川 とプンタ・ゴルダ川との合流地点近くにある村落アトランタの近傍に「カミーロ閘門」が建設される。閘門の構造は、3段連続式閘室からなる 水の階段である。それによって標高差32mを一気に昇降する。各閘室において10m余りを昇降することになる。各閘室の大きさは、全長520m、 幅75m、深さ27.6mと計画されている。

  大西洋側での閘室開閉オペレーションの水源としては、主にプンタ・ゴルダ川を堰き止めてできる人工湖の「アトランタ湖」を利用することになる。 その湖水面積は、395平方kmである(ニカラグア湖の4.8%ほど。琵琶湖の13倍という)。 水量は運河のオペレーションにとって十分であると見積もられているようだ。閘門を通過する船舶数は日量40~50隻と想定されている。 閘門は一つのレーンからなるが、それ以外の運河航路では両面通航である。なお、リ-バス地峡の「ブリット閘門」でのオペレーションには、 基本的にはニカラグア湖水が直接的に利用されるとされる。

  アトランタ湖の水位はニカラグア湖のそれと同じ高さに維持される計画である。また、閘門開閉オペレーションにおいて水資源を節約するために、 水消費量 (一隻の船舶が閘門を通過するたびに喪失する水資源量) を節減するために、各閘室につき3つの節水槽が附属して建設される。 総計18の節水槽となる。運河のオペレーションによってニカラグア湖の水位に実質的な変位をもたらすことなく、いつもの 状態を維持することが基本となる。ニカラグア湖流域の住民らの生産活動や家庭への水供給においても、影響をもたらさないことが基本となる。
[参考データ]ニカラグア湖の表面積: 8,264 平方km (3,191 平方マイル)。最大水深:26 m (85 ft.)。平均水深は不詳。同湖の貯水量 は108 立方km。湖水面の標高は32 m(100 ft.)である。

  さて、2014年に着工予定であることがマスコミを通じて発表されていたが、その予定は2015年へ、さらには2016年末へと再三延期され、 工事は一向に開始されて来なかった。実質的な運河工事の着工は2021年現在になっても見られない。 HKNDグループの主力母体である中国通信会社「Xinwei Telecom Enterprise Group」の株暴落、財務状況の悪化などのうわさがマスコミで取沙汰 されてきた。そして、少なくとも2021年現在、HKNDグループのニカラグア事務所はすでに閉鎖された状態にあると報じられた。 2014年着工報道以降、ルート上の農牧従事者、地域住民らによって、さまざまな理由の下に、反対の声が挙げられてきたことをメディアは 報じて来た。「ニカラグア運河の夢」は再び遠ざかってしまったような雲行きである。

  私的には、開削工事がブリット川河口付近からニカラグア湖までのリーバス地峡26kmにおいて、少なくとも手始めとして、あるいは最優先的に 開始されるものと読んでいた。現実に開削されるとすればリーバス地峡からで、それ以外に選択肢はないものと理解していた。大西洋側の地域に比べ、越えるべき分水嶺は非常に低く、その 掘削工事量も圧倒的に少ない見通しである。工事のための大西洋側へのアクセスは非常に悪く、また距離も長い。 大西洋側の分水嶺は海抜100~200mで、数10kmも連なり、工事は難航することは必定である。

  リーバス地峡側では、最初から載貨重量40万トン級の超巨大船をやみくもに開通させなくとも、運河を開削するメリットがあると理解してきた。 数百トンクラスの観光遊覧船が太平洋岸からニカラグア湖へ通航できるようになれば、風光明媚なオメテペ島と双子の活火山、 ソレンチナメ諸島、さらに海賊モーガン所縁のコロニアル風観光都市グラナダなどへの外国人観光客らの周遊が身近なものになると考えられた。 さらにまた、英国ホレーショ・ネルソン海軍提督所縁のエル・カスティージョ要塞などへのランチャや小型遊覧船による観光、さらには亜熱帯雨林エコツー リズムが身近なものになろう。因みに、米国西海岸諸都市から南航する大型クルーズ船が、ブリット川河口の南15㎞にあるリゾート地サン・ファン・デル ・スールの沖合いに停泊し、小型船に乗り換えたうえで、運河を通過してニカラグ湖内を遊覧したり、さらにグラナダ、エル・カスティージョへ足を延ばし たりできよう。

  距離にしてわずか26km足らずで、幅員の狭い小規模な運河開通であっても(総延長のわずか10%ほど)、一定規模のの国家歳入や雇用者増が見込めよう。 大西洋側での運河建設が未着工・未完工であっても、リーバス地峡での運河開通を中核とした観光開発やその他の地域開発が期待できる。 因みに、ブリット川河口域での港湾開発をはじめ、空港、観光リゾート施設などのインフラ整備などを同時並行的に進めることで、地域発展のための基盤 を構築できよう。また、将来フルスケールの両洋運河を完全開通させる上でのさまざまな土木技術・事業運営や管理上のノウハウと 経験を蓄積することに繋がろう。手始めに、地峡部での運河開通を中核とする地域開発のポテンシャルに注目したい。また、その費用対効果が 一定程度見込めるものと期待したい。私的には、将来の「フルスケールの運河の全面的開通への夢」に先立つ第一歩を踏み出すことになるものと期待した かった。

  オルテガ大統領は運河の夢を現実のものにしようとした。フルスケールの運河の開通を実現できるものと彼は本気で取り組んだのか、それとも 拙速であることを内心認識していたのか、それは分からない。米中露などの強大国による運河建設への本腰・本気の戦略的取り組みやコミットメント が見られず、また建設資金に対する国際金融シンジゲートの本格的支援もなく、超巨大プロジェクトを実現することは困難であろう。 また、2016年に拡張されたパナマ運河でのネオパナマックスサイズ船に対する通航需要が十分に見込めなければ、 運河建設に乗り出すことは到底困難である。

  莫大な投資資金を数10年内に真に回収できるのか、収支バランスを取り得る経済的合理性が見込めるのか。投資者はつねにリスクを分散して おきたいはずである。また、自然環境保全や社会経済的側面において国内や国際社会からの幅広い賛同やサポートは極めて重要である。 オルテガ大統領は、HKNDグループとの運河建設コンセッション契約にあたり、その諾否を国民投票に付さなかった。オルテガ現政権は2007年以来 長期化すると同時に、専制的ガバナンスへの道を歩む傾向を強めてきたように見える。現政権下では運河の夢は再び遠ざかってしまったかのように 見えるが、その実現可能性について今後も見守っていきたい。

  遠い将来、中国は自らの政経軍事戦略的観点からニカラグア運河の建設に関心をもつであろうか。収支バランスを度外視してまで完成 させるだけの戦略的意義が生まれるであろうか。中国が米国を凌ぐスーパーパワーとなり、世界の海洋での覇権と支配を握るために運河が是が非でも 必要というのであれば、運河建設は思わぬ展開を見せるかも知れない。中国にそのような野望はありうるのか否か、予見できる将来においては 誰にも予測できないところであろう。北極海の氷海がさらに融解し、通年通航が何の大きな障害もないほどノーマルになれば、 ニカラグア運河への世界海運上や軍事戦略上の需要や必要性もかなり変化するかもしれない。中米地峡での運河通航や建設を巡る情勢や、 地球温暖化に伴う北極海航路の開発の進捗などについて、これからも関心を払い続けていきたい。



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