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    第15章 ニカラグア運河の踏査と奇跡の生還
    第6節 運河候補ルートの踏査(その3):サン・ファン川と河口湿原


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    第15章・目次
      第1節: ニカラグアに足跡を遺した歴史上の人物たち(その1)/コロンブス、コルドバなど
      第2節: ニカラグアに足跡を遺した歴史上の人物たち(その2)/海賊モーガン、英国海軍提督ネルソンなど
      第3節: 「ニカラグア運河の夢」の系譜をたどる
      第4節: 運河候補ルートの踏査(その1)/ブリット川河口など
      第5節: 運河候補ルートの踏査(その2)/エスコンディード川、エル・ラマ川など
      第6節: 運河候補ルートの踏査(その3)/サン・ファン川と河口湿原
      第7節: オヤテ川踏査中における突然の心臓発作と奇跡の生還 (その1)
      第8節: オヤテ川踏査中における突然の心臓発作と奇跡の生還(その2)
      第9節: コンセッション協定が締結されるも、「ニカラグア運河の夢」再び遠ざかる

      序章~第9章 | 第14章 第16章 | 第17章~最終章




  「南大西洋自治地域」のなかでも最南端にあるサン・ファン川とその周辺地域には、運河候補ルートのもう一つのグループである「ルート No.4~6」が残されており、そこをどう「攻略」するかのアイデアを少しずつひねり出し、チャンスを窺った。週末と祭日や有給休暇をうまく組み 合わせて踏査するか、河川流量の多くなる雨期を待つことにした。そして、2009年7月に敢行する運びとなった(実施日: 2009年7月18-20日)。

  前回の旅ではサン・ファン川流頭に位置するサン・カルロスでランチャをチャーターした。エル・カスティージョ要塞でのピンボケの画像の撮り直し のためであった。その機会を捉えて、ランチャでサン・ファン川をカリブ海まで下り、その河口域周辺をガイドしてくれる船頭の手配を頼んでおいた。 そのランチャのオーナーとも連絡が取れ、船頭もスタンバイしているとのことで、今回その決行に及んだ。時は雨期の真っ最中となっていた。 乾期は水量が減って浅瀬が露出し、下手をすればランチャの乗客が皆してそれを担いで徒渉することになりかねないので、雨期がよいとオーナー からアドバイスを受けていた。航行困難となってランチャを担ぐのはさすが勘弁してほしいので、暫く時期をずらせていたが、ようやくその時期を迎えた。

  今回は、同行予定の青年海外協力隊員4名は、数日ほど早く空路でサン・カルロスへ、さらに路線水上バスでエル・カスティージョへ到着 していて、そこで合流する 予定であった。私は仕事の事情で遅れて首都マナグアを出発、四駆にて砂利道を疾走し、サン・カルロスへ向かった。 サン・カルロスでは予約済みの安宿に転がり込み、翌朝発着場でランチャの船頭と落ち合い、すぐさまライフジャケットを装着して、 サン・ファン川を快走して、エル・カスティージョを目指した。要塞の地まで旅するのはもう3回目となり、両岸の亜熱帯樹林風景も見慣れたもので、 7~8メートルの細長いランチャの舷縁にもたれ掛り、心地よい風を受けながら最高の気分でジャングルツアー一人旅を楽しんだ。

  英国人海賊ヘンリー・モーガンが足跡を遺して行った要塞の地に2時間足らずで到着し、隊員らと船着き場で合流した。そして、すぐに100kmほど下流 にあるカリブ海沿岸の町「サン・ファン・デル・ノルテ(英語名グレータウン)」に向けて出発した。エル・カスティージョからは初めて辿る道程であった。 眺める風景も初めてなので、子供が遠足に出掛けるように高揚感でわくわくしていた。 川幅は時に狭くなったり広くなったりであるが、だいたい100~150mほどあり、亜熱帯樹林の繁みはさらに増す様相であった。 エル・カスティージョから7㎞ほど下った辺りからは、コスタリカとの国境線は南岸側の水際となった。それまでの上流部では国境線は南岸内陸部奥に あるために、サン・ファン川は100%ニカラグア領土内を流れていた。

  さて、候補ルートNo.1~3については、サン・ファン川河口にあってカリブ海に面するサン・ファン・デル・ノルテという町を 起点として考えると理解しやすい。地図を見ると、町から大西洋岸沿いに7~80km北上したところに、「プンタ・ゴルダ川」という河川がカリブの海 に注ぎ込んでいる。既に400年以上も前に、二人のスペイン人征服者がこの河川を上流側から、あるいは下流側から探検し、中ほどで合流したことは既に 述べたとおりである。

・ 候補ルートNo.4というのは、そのゴルダ川をなぞりながら遡り、距離にして20㎞ほど、標高100~150mの分水嶺を越えてトゥーレ川の源流に取り付き、 ニカラグア湖に至るというルートである。トゥーレ川はニカラグア湖に注ぎ込んでいる。同湖からはリーバス地峡を横断する。
・ ルートNo.5は、同じくプンタ・ゴルダ川をなぞるものの、上流域で南下するコースを辿り、距離にして20㎞ほど、標高100~150mの別の分水嶺を越えて、サン・ファン川の支流である 「サバロス川」の源流に取り付き、サン・ファン川との合流点(ボカ・デ・サバロス)に至り、その後はサン・ファン川をなぞって ニカラグア湖に至る。同湖からは同じくリーバス地峡を横断する。
・ ルートNo.6は、サン・ファン川の河口域に大きく広がる湿地帯や亜熱帯樹林地帯(国によって「インディオ・マイス自然保護区」に指定され、また 「中米の肺」と称される)をストレートに突っ切って、サン・ファン川と「サンフランシスコ川」という支流とが合流する地点に取り付き、 その後はサン・ファン川をなぞってニカラグア湖へ至る。同湖からは同じくリーバス地峡を横断する。

  ところで、3ルートに関わるそれらのいずれの河川についても、川に沿って辿れる道路はほぼ皆無である。ルートNo.4とNo.5を踏査するには、 サン・ファン・デル・ノルテから船で一旦カリブ海に出て、その海岸線沿いに7~80km北上した上で、プンタ・ゴルダ川河口から遡航する他ない。 それはかなりの遠距離であり、数時間はかかろう。また海がいつ荒れるかも知れず、平底の吃水の浅い川船のランチャで外海を航行するのは危険過ぎる。 ライフジャケットの装着有無の問題ではなかった。ルートNo.4とNo.5のゴルダ川遡航については断念せざるを得なかった。

  かくして、踏査の主要ターゲットはルートNo.6であった。サン・ファン川についてニカラグア湖とカリブ海河口のグレータウンとの間を往復 踏査することが、最南端地域での運河ルートについて検討する上では最も基本的なことであった。たとえ、河口域付近の踏査の地理的範囲がごく限られたとしても、実際に足を踏み 入れ、自身の両目を見開いて観ることは大いに意義のあることであった。そんな思いで、サン・ファン川とその河口域周辺の踏査を敢行した。

  休題閑話。エル・カスティージョを出て一時間もしないうちに雲行きが怪しくなってきて、雨が降り出した。そのうち今まで経験したこともない猛烈なスコールとなった。 船頭が用意してくれていたブルーシートをボートの上に目一杯に広げ、全員が我が身と荷物をすっぽりと覆い尽くした。顔をほんの少しだけ覗かせたが、余りにも酷い スコールが縦横に吹き付けていた。シートをほんの少しだけ上に持ち上げ、川岸のジャングルを垣間見ようとしたが、それを諦めすぐにシートに 身を隠し込んだ。土砂降りで視界もひどく悪い中であったが、ランチャは猛スピードで疾走を続けた。

  数10分もしないうちにスコールが通り過ぎ、重たそうな雨雲が低空をかすめ飛ぶようになった頃、川幅のさらに広い箇所に差しかかった。よく見ると、浅瀬が 川幅一杯に広がり、ランチャの舟底が川底にガリガリと擦っているのが分かった。そのうち船頭の指示で、全員降りることになった。川に降り立ち、舷の上縁 に手を添えて、少しでも深みのある川筋を選りながら押し進めた。雨期ではあったが、場所によってはこのように土砂の堆積が著しく、 水深が浅くなり、通行が困難になる箇所もあった。下流域では土砂が堆積しやすくなり、航行が阻害されることにもなる。海賊モーガンやホレーショ・ ネルソン、さらにゴールド・ラッシュの時代にも、川の浅瀬では徒渉せざるをえなかったに違いない。事実、既述の通り、ネルソンの遡行譚においてもそんなことが 記されている。今回雨期を選んでの敢行であったので川は増水しているはずだったが、やはり下流近くでは川底が浅くなり、我われ旅人も ボートを降りて川を徒渉することになった。立ち往生して引き返すことにならずに済んで、ラッキーであった。

  さらに一時間ほど川を下ってようやくサン・ファン川のデルタ地帯に入り、目的地のグレータウンまで50kmほどの距離となった。 グレータウンに到着するごく手前で、サン・ファン川河口に最も接近した。右舷の少し先では、大西洋の荒波が海岸沿いに白く砕け泡立っている様子が 見え隠れしていた。海岸には、堆積した砂の盛り上がりがあるようで、荒波はそれにほとんど遮られていたものの、砕け波を垣間見る ことができた。町に上陸しても、家々が密集している風ではなかった。目抜き通りの両側に家屋が軒を連ねるというような光景はどこを見渡しても 存在せず、家屋が原野にポツンポツンと散在するだけのように見えた。

  サン・ファン・デル・ノルテはかつて、英国が支配していた。英語名で「グレータウン」と呼ばれ、多くの英国人住民が住む町であった。その昔には 飛行場もあった。かつては滑走路であったという広大な跡地は、現在では草木が繁茂するだけの原っぱになっている。その跡地の片隅には、英国人の名前を 刻む墓碑が錆びついた鉄柵に囲まれている。そんな墓が幾つか散在していた。さて、当日は普通の家庭が経営する民宿にお世話になった。 全員少し疲れた様子であった。居間のソファーに腰を降ろし、その日の川下りの感想や明日のことなど、あれこれと雑談しながら疲れを癒した。

  町はサン・ファン川のデルタ地帯の中のカリブ海寄りに位置している。そして、デルタは濃密な亜熱帯樹林と大小の潟湖(ラグーン)、それらを繫ぐ迷路のような 大小の水路に取り囲まれている。翌日、密林の中を縫うように蛇行する水路を辿ると、急に水面が開け大きなラグーン に出た。そして、船頭はある珍しいものに案内してくれた。何やら茶色く錆びて朽ち果てたような人工物が水面から頭を覗かせていた。 だんだん近づくにつれ、それが何であるのかを理解した。

  浚渫機船の上部構造物だけがごく一部突き出していた。ラグーンや湿地などの水底土砂を掘り進みすくい取る ための「連続バケット式浚渫装置」をもつ船のようであった。かつて、米国事業家ヴァンダービルトが1850年代に運河を開削しようとこの地にもち込み、開削を手掛けたことは第3節「運河の 夢の系譜」で綴った。その浚渫機船が、水没したまま遺されているのである。そんな歴史的な人工遺物にお目にかかり、鳥肌が立つ思いであった。 「運河の夢」を実現しようと試みたが、挫折に至った、という150年以上も前の史実の証拠品である。そんな沈船遺物の周りを何度か回航した後、奥地へと向かった。

  ラグーンからもう少し奥地へ進み行くと、何か「不自然な」水域に入り込んだ。これまでサン・ファン川やその河口デルタで目にしてきた自然風景とは異なっていた。 その水域は幅100mほどの細長い長方形のように見えた。何よりもその両岸は、自然の中にあっては何となく不自然であった。両岸がいかにも直線的に伸びていた。 何か人工的空間であるかのように見て取れた。「ここはかつて開削された全長800mほどの運河の跡である」と船頭から説明を受けた。納得である。 既に述べたように、米国人メノカルの運河会社が1890年代初め頃に掘り進んだものの、途中で放棄した運河である。開削から100年以上も経っており、 両岸は再生された亜熱帯樹林で覆い隠されている。運河開削の跡と言われなければ、恐らく気付かなかったかもしれない。

  その後、鬱蒼と茂ったジャングルの中の道なき「水の道」を辿りながら奥地へと、ランチャは這うように進んだ。時に、樹木の枝や葉っぱですっかり覆い 隠され、水路のようであり水路のようでなかった。覆いかぶさる枝や草木をランチャの舷縁から手で押さえ込み、かき分けるようにして進んだ。 今にもワニが水面から眼だけを覗かせるかも知れないような「けもの道」同然の水路であった。時には、迷路のように入り組んではいたが、はっきりとした水路をゆっくりと右へ左へと 進んだ。水は透き通り、その水底にはアマモのような細長い草がぎっしりと敷き詰められていた。また時に、子どもの背丈ほどに伸びた 水草で覆われた湿地帯をかき分けながら、ゆっくりと奥地へと進んだ。数時間ほどかけてかれこれ4~5kmは分け入ったであろうか、突然視界が開けた。 大きな広々とした湖のようなラグーンが現われた。その名は「ラグーナ・シリコ」と言った。

  鬱蒼とした樹林に囲まれ、また無風状態であったので、水面は鏡のように滑らかであった。ラグーンの底には黒っぽい腐植土があるのか、透明度 は良さそうなのだが底は黒っぽくて窺い知れなかった。エンジンを止め、漂った。そこは完全に静寂に支配される世界であった。自然が発する音も、 動くものもなく、聞こえるのは我われの息遣いだけのようであった。ラグーンの底から妖精が飛び出して来そうな錯覚すら覚えるほどであった。 ランチャは静寂の世界にしばらく留まった。今まで体験したことのないような静寂さで、何か地球外の異空間に閉じ込められているように感じた。 完全な静寂にある早朝の摩周湖に一人ボートを漂わせるのと同じような異空間にも思えた。この世に文明が存在することを忘れ去るかのような異次元の 世界であった。

  さて、サン・ファン川は、その河口デルタにあっては大きく緩やかなカーブを描きながら流れているが、候補ルートNo.6は、そのカーブをなぞることを 想定していない。翻って、その河川カーブをショートカットすることを想定している。直線的に辿るそのショートカットのルートとは、 グレータウンの沈没浚渫機船の潟湖から、800m長の例の人工運河、さらにラグーナ・シリコを経て、サン・ファン川とその支流である「カーニャ・ サンフランシスコ川」との合流点を結ぶというものである。 合流点はサン・ファン川の河口から50kmほど上流にある。ルートNo.6として、グレータウンからその合流点まで直線的に開削されれば、 「インディオ・マイス自然保護区」の中心に位置する大自然が破壊されることになろう。それはありえないと率直に感じた。同保護区内の亜熱帯ジャングルの 自然環境は「中米の肺」と称されるところで、自然動植物の宝庫であり、また地球環境保全上の貴重な存在である。

  翌日、サン・ファン川を遡航し、帰途に就いた。途中、ルートNo.6が同自然保護区の中心部を縦断した後、カーニャ・サフランシスコという支流と 合流する地点を見つけ出し、支流に少しでも足を踏み入れようとした。だが、見つけられずどうも通り過ぎてしまった。 また、ルートNo.5は、No.4の場合と同じくプンタ・ゴルダ川を遡上するが、その上流域で南下する。そして、別の分水嶺を越えて、サン・ファン川の支流である サバロス川の源流に取り付き、その後はサン・ファン川をなぞってニカラグア湖に至る。サン・ファン川とサバロス川の合流点にある集落 ボカ・デ・サバロスにて、サバロス川へ取り付いて上流を目指した。だが、少し遡航すると川幅はかなり狭くなり樹林で見通しも悪くなったので、 深入りを断念した。

  ルートNo.4とNo.5については、3段式閘室や人工湖の建設の可能性につき関心があったが、沿岸航行のリスクと遠距離と言うことがあって踏査は 早い段階で諦めた。また、両ルートが越えなければならない標高100~200mほどの分水嶺、それも距離にして20~30kmに及ぶ山地開削にも関心があったが、 一般道は全く通じておらず、また普通装備のランチャで源流近くまで遡上できるような河川とは思えなかった。

  これらルートでの技術的課題は、 閘門を建設するに適した地形があるのか、その閘門の内陸側にどの程度の規模の堰堤をもって、どの程度の規模の人工湖を造成できるのかということである。 また、プンタ・ゴルダ川周辺からブルーフィールズ辺りまで、別の自然保護区があり、両ルートはその保護区を貫通するか、またはその近辺を 通過することになり、環境上の課題を抱えている。ブルーフィールズ沿岸部とルートNo.4~6によって囲まれる地帯は、大きく捉えれば、自然のままの亜 熱帯樹林が残され、「中米の肺」に準じる自然保護区となっている。

  ルートNo.6についても、ニカラグア湖とカリブ海との間の32mほどの高低差を昇降するための堰堤や閘門システムの建設は不可欠であるが、その建設 は事実上不可能であろう。サン・ファン川の何処に閘門を建設しても、上流側の運河水は河川から溢れ広がり貯水することは困難と 思われる。溢れ出る水はコスタリカとの国境線(サン・ファン川南岸の水際)を決定的に変更し、かつ曖昧なものにする。コスタリカの合意を到底 得られるものではないであろう。また、「中米の肺」に大きな負の環境的インパクトをもたらすことになるのは必至である。 かくして、今回の踏査によってルートNo.6がどういうものか、少しは理解できた。特に、「中米の肺」の内陸部にそこそこ入り込み、貴重な自然環境 保全区内をじっくり観察する機会となった。自身としても候補ルートとしての優先度は最も低いことを確信した。

  今後運河建設についていろいろ考察する上で役立つと思料される多くの知見や「土地勘」を得たことが、これまでの踏査の貴重な成果である。 踏査は大成功であった。サン・カルロスにおいて、全員の無事の帰還をワインで祝し、ロブスターなどを食して、小さな解散式を行なった。 翌日四駆で一人帰途に就いた。だが、踏査はこれで全て了した訳ではない。最有望候補とされるルートNo.3が通過する エル・ラマ川とオヤテ川との間にある分水嶺の踏査がまだ残されていた。



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    第15章 ニカラグア運河の踏査と奇跡の生還
    第6節 運河候補ルートの踏査(その3): サン・ファン川と河口湿原


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