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    第5章 ワシントン大学での勉学と海への回帰
    第5節: 深海底マンガン団塊と海洋環境保全を深掘りする


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       第5章・目次
      第1節: 研究論文をもって起死回生を期す(その1)/地理的偶然による海洋資源の配分
      第2節: 研究論文をもって起死回生を期す(その2)/論文「アフリカ地域と200海里経済水域」
      第3節: 海洋学や海運学の面白さに誘われ、海へ回帰する
      第4節: 深海底マンガン団塊と海洋環境保全を深掘りする(その1)
      第5節: 深海底マンガン団塊と海洋環境保全を深掘りする(その2)
      第6節: 海洋コンサルタントとの出会い、そしてシアトルとの別れ



  さて、後々になって先進諸国と発展途上国間で際立った対立点として浮上したものには、例えば以下ののようなものがあった。
1. マンガン団塊の希少含有鉱物であるニッケル、コバルトを自国で陸上生産する途上国にとっては、海底から大量の団塊が 採鉱(あるいは揚鉱)・製錬された場合、経済的に大きな負の影響を被る懸念があった。陸上生産する当該途上国らは、団塊からの それら鉱物の生産量を制限するための何らかの量的基準を設けるべきであると主張していた。 他方で先進諸国は生産制限の考えそのものに強く反発していた。それら鉱物の陸上生産国に対する経済的な負の影響につき どう最小限に抑えるかの問題であった。

2. 先進諸国の開発企業体をして、「国際海底機構」の分身である事業体(エンタープライズ Enterprise) に無償で開発技術を提供させるという強制的技術移転義務を課すべきであるか否かを巡って激しく対立した。 特に対立は、第三者が有する技術に絡んでの移転義務の有り様に集中した。途上国は、先進国あるいはその民間企業体が「国際海底機構」 と契約を結ぶ際、それらの国家・企業体が使用する技術を申告させ、かつ同機構の事業体に無償で使用させるべきであると主張した。 先進国はそれに反対で応じた。

3. 財務規定に関する深刻な問題が喚起されるようになってきた。探査・開発鉱区の登録申請料として民間企業体らは「国際海底機構」へいくら支払うか、開発・生産によって得られる収益のうちのいくらを同機構へ納付し、途上国などへの加盟国にいかように配分するか、なども 重要テーマとなった。同機構が探査・開発を一元的に管理することの意味は、開発からの収益を途上国にも配分することに他ならなかった。 探査鉱区の登録申請料や商業的生産契約の申請料、生産開始後の生産賦課金や純収益の分配方程式、その納付方法などに関し、 いずれも難問であった。

4. その他、同機構の組織についても争点として浮上していた。理事会の構成と権限、意思決定の手順なども重要テーマとして提起された。 「国際海底区域」の管理機関となる「国際海底機構」における意思決定方法は、同機構が企業体と直接的に契約する権限をもつがゆえに、 重大な関心事項となっていた。また、総会と理事会の権限の配分、理事会の構成国とその地理的配分、その意思決定手続きなどが争点となった。

  ワシントン大学の「海洋研究所 (IMS)」などで団塊開発レジームのことを学び始めた1975年から4年ほど先のことになるが、1980年 発足の米国レーガン政権は条約案のちゃぶ台返しに及んだ。 特に団塊の開発・管理レジームに関し、全面的な見直しを主張し始めた。その後1982年に、「国連海洋法会議」では、当初合意されていた 「コンセンサスによる条約採択方式」が記名式投票に変更され、かつその票決に付された。

  米国は反対票を投じ、英国・ドイツなどは棄権した。条約は圧倒的多数で採択された。米国はその反対理由として、団塊開発における 生産制限は市場原理に反すること、「国際海底機構」の事業体(エンタープライズ)などへの 強制的な技術移転義務は重大問題であり納得できないこと、事業体に関する特権的扱いは見過ごすことはできないこと、 また同機構における意思決定方法に不満をもつことなど、ネガティブな理由を数多く列挙した。

  さて、夏学期での取り組みとしては、団塊の開発管理に関する法的レジームについて深掘りすることなく、基本的に概観することと した。翻って、取り組みの最大のテーマは、団塊の大規模な商業的採鉱に伴う海洋環境への事前影響評価に関する調査研究の現況や課題について 深掘りすることであった。

  法学をバックグラウンドにする学徒である私にとって、それらを探究できることは「海洋総合プログラム」の 神髄の一つでもあった。大規模な商業的採鉱が実施される前に海洋環境への影響について評価がなされ、採鉱技術開発へ フィードバックされる必要があろう。団塊が賦存する深海底やその上部にある水塊(水柱あるいはコラム)に局部的にしろ如何なる影響を もたらすことになるのか、私的には大いに興味あるテーマであった。正に、法学的課題ではなく、自然科学・工学系の要素が入り混じった テーマを主体にして深掘りするものであった。私の当面の中心的視座は、団塊の商業的採鉱に伴う海洋環境保全の観点から、 米国の産業・学術界ではどのような調査研究に取り組み、何を課題にしているのかを理解することであった。

  団塊の採鉱システムには当時、主に2つのエンジニアリング・システムがあった。一つは「連続バケット式採鉱システム(CLB)」 と呼ばれた。深海底の堆積物にわずかに、あるいは半没する団塊をすくい上げるための平たい直方体のザルのような鋼鉄製バケットと、それらを 一定間隔で取り付けた長大の垂直輸送用ワイヤーから構成される。そして、船を支点にループ状に仕立てた長大のワイヤーは、機械的に 回転させられる。もう一つは、「エアリフト・ポンプ式採鉱システム(ALP)」で、その集鉱または集塊装置(ノジュール・コレクター  nodules collector)は、いわば巨大な吸引式(サクション式)の掃除機と考えれば分かりやすい。

  後者のシステムは基本的に、深海底で団塊を集塊する吸引装置と、海上の採鉱船へ吸い上げる輸送管とポンプ装置とで構成される。 集塊するCLBバケットや「掃除機」の吸引部(ヘッド)周辺では、海底堆積物や生物の掻き乱しによって環境に影響をもたらす。 また団塊の揚鉱途上においてバケットから海底堆積物(海泥など)が漏れ出て海水コラム中を沈降し、海底へ再び沈積することになる。洋上の採鉱船では、輸送管で吸い上げられた団塊と堆積物・海水が 分離され、海水は周辺の海へ放出されよう。海洋環境や生物へのインパクトの程度は異なろうが、共通する3つのインパクトが観察される ことを理解した。

1. 海底堆積物の掻き乱しと再堆積(再沈積)作用による海洋環境へのインパクトが観察される。バケットや集塊装置のドレッジヘッドによって 海底堆積物が掻き乱されることになる。バケットの食い込み度合(深度)はどの程度コントロールできるか。それ以降における技術開発の 進捗にもよる。堆積物が海水コラムに掻き上げられ、その後沈降・再堆積作用が引き起こされる。ALP方式では集塊装置が堆積物に食い込む。 その食い込み深度はコントロール可能と思われる。堆積物の掻き乱し、その懸濁と沈降による、再堆積作用が伴うが、海洋全体のスケール からすれば取るに足らない局所的なものであろう。だとしても、装置による掻き乱しを最小限にするための技術開発が今後も真剣に 求められることになる。

2. 2方式の環境への共通の第二のインパクトは深海動植物群に対するものである。バケットまたは集塊装置が通過する特定の海底区域に棲息 する動植物群そのものや、その棲息地帯を破壊することになる。影響の程度は、その動植物群の生存量や再生殖サイクル、採鉱(集塊)の強度や 地理的範囲などによって決定されることになろう。当時、深海底の動植物群の量的データほとんどなく未知の領域とされたが、そのバイオ マスは極めて少ないとされる。だが、遅い再生殖リサイクルの生物が観測さるといわれる。

  例えば、深海ハマグリは性的成熟に達するのに200年を要するとも指摘される。そのような動植物群を保護するには、 究極的には一つしか方法がない。十分な幅員をもって、荒らさないままにしておくために帯状の海底区域を残存させておくことである。 特定の個別の採鉱区域において全面的な破壊を招かないようにすること、または破壊をミニマムに抑制するための技法が採用される ことが重要となろう。海底の掻き乱しと堆積物の懸濁・沈降による生物へのインパクトの調査研究はこれからである。

3. 第三の環境への共通インパクトは、堆積物、生物、底層海水が、海水コラムの各々の水深層に放出されることである。 沈降・再堆積することになるこの放出海水が海洋環境にどのような影響を及ぼすかという問題である。放出される深海の底層海水は、 水温・塩分が低く密度が高い、またさまざまな塩類を含んでいて、その栄養塩類溶存度が高い。海水コラムへの放出によって有害性を 助長したり、逆に植物プランクトンや海洋食物連鎖の生産性の助長がもたらされるかもしれない。生物学的有益性などの観点から研究 することも今後の課題の一つと考えられる。

4. 揚鉱された団塊の精錬工程は、その開発システムやプロセス全体の中でも重要な構成要素を占めるものの一つである。洋上精錬が 行われる場合、くず鉱やその他の廃棄物の海洋投棄に伴うインパクトにつき、慎重かつ十分な調査研究がされるべきであろう。 十分な防御的措置なくしては、採鉱そのものより遥かに危険なインパクトが海洋環境にもたらされかねないと危惧されている。 それらの大規模かつ長期にわたる洋上投棄は海洋の動植物に有害な結果をもたらしかねない。

  米国連邦法によれば、深海底鉱物資源開発を国内立法化したり、あるいはまた政府が「国連海洋法条約」などのマンガン団塊開発関連 取極めを承認する場合には、環境インパクトに関する詳細な報告書の作成が必要とされる。 因みに、商業開発企業体は、操業においていかなる環境条件をクリアにすべきかを理解する必要がある。何故ならば、今後更にいかなる 採鉱技術や洋上処理・精錬技術を開発すべきかについて理解しなければならないからである。関連装置の設計などの技術開発に直接的に 活かされることになる。

  企業体の立場からすれば、米国政府あるいは「国際海底機構」によって将来定められる環境保護条件に適合するように技術 開発を進めたいと願うはずである。開発してきた装置に対して将来予期しなかった重大な技術的変更を要求されるとすれば、生産計画やコスト パフォーマンスにマイナスの影響をもたらしかねなないからである。米国では環境に大きな影響をもたらす事業の場合、 事前に環境影響アセスメントによって問題がないことが確認される必要がある。従って、将来如何なるアセスメントが具現化される のか、関係者は注視している。

  かくして、当時の2つの代表的な採鉱システムと海洋環境へのインパクトについて深掘りしつつ、技術開発と環境保全 との調和のとれた関係性について見通したいとの思いであった。期末には、「マンガン団塊の採鉱と海洋環境への影響および 環境アセスメントの現況」と題するタームペーパーを作成し、IMSへ提出した。

  大規模な採鉱活動による海洋環境への長期的なインパクトについは全く未知数といわざるをえない。環境への有害なインパクト の抑制やミニマム化、あるいは有益なインパクトの助長などの観点から、よりよい採鉱機やシステムの技術開発、プラクティス の進捗に関心が向けられよう。また、洋上の採鉱船から放出される微小物質や洗浄水の沈降と再堆積やその影響、上昇中のバケット に付着したままの堆積物の海水コラム中での放出・沈降と再堆積などのインパクトはいかなるものか。それらについても今後の調査 研究によって解明されるものと期待される。

  さて、1974年10月以来の1年間の学業を終えて、改めて「海洋総合プログラム」の意義をもう一度振り返ってみた。国際海洋法の学徒で ありながらも、海洋学、水産経済原論、漁業資源管理学、海運・港湾学、海洋国際組織のガバナンス論、海洋鉱物資源開発学、 マンガン団塊採鉱と海洋環境影響評価、船舶通航など、海洋関連の社会人文科学系と自然科学・工学系の諸学を 学ぶことができた。そして、プログラムの意義やミッションについて、1年間の実際の履修を通していろいろ見えてくるものがあった。

  海における自然現象、人間の営み・社会経済活動、それを律する海の法秩序や利害調整ルールなど、全てがさまざまに連環している。 互いに複雑に連環する諸課題に向き合い、その解決策、法秩序やレジームの法制化や利害調整を模索するには、一つの領域内での単体・単層的 な知見やアプローチだけでは限界があり、対処し切れないことが多々ある。 領域の垣根を超えてさまざまな諸学を学ぶこと、また異分野の学徒間で知見を共有し、それらを触発させ 化学反応を起こさせ新しいアイデアを生み出すこと、また学際的・領域横断的なアプローチをもって課題解決に向き合うことが強く 求められている。現代ではそのようなアプローチを心掛け、海の課題解決に向き合える人材を育成しようという基本理念の下に創始されたのが同 プログラムであるに違いないと理解した。

  ところで、当時を振り返って残念に思うことが一つある。留学中、海洋に関連するいろいろな自然科学・工学系や社会人文科学系の 諸学に触れた。海にまつわるそれらの諸学の専門図書や定期刊行物の学術論文などを通読する機会も沢山あった。読むだけでなく、 何本かの研究論文やタームペーパーの作成に奮闘したりもした。その過程で海洋関連の専門的語彙・用語などに数多く接してきた。

  海の語彙集づくりについてのアイデアが少しは脳裏をかすめたものの、それに取り組むことはしなかった。 大学ノートに語彙をその都度書き留め、便利帳や用語集づくりをすることの試みもしなかった。 語彙をいちいちノートに書き溜める余裕などなかったのか。それとも、書き留めておくことの必要性が希薄で、十分意識する ことはなかったのか。「海洋総合プログラム」での学びは、海の語彙集づくりを始めるには最初のまたとない ビッグチャンスであったはずである。特に第三学期以降には多少の精神的余裕が生まれ、始めるにはベストタイミングであったといえる。 だがしかし、着眼する力量不足ゆえに、チャンスは見事に眼前を素通りしてしまった。

  語彙集づくりの機会を逃したものの、喜びとすることもあった。特に第三学期から夏学期にかけて、キャンパス・ライフに 余裕が生まれた。この頃初めて「海洋総合プログラム」の面白さ、留学生活そのものの楽しさを日常的に肌で感じるようになっていた。 緑に覆われた広大なテーマパークのようなキャンパス内の諸施設間を飛び跳ねる様に行き来していたことを印象深く思い出すことができる。

  そして、何よりも嬉しかったのは、海洋諸学の学びを通じて「海への回帰」を全身で実感できたことである。 国連海洋法務官への奉職が現実のものとなれば、恐らくは生涯にわたり海洋法を自身の専門領域と位置づけ海と関わり続ける ことができる。その可能性に気付いた時こそ、未来に最も明るく放つ希望の光を見ることができた。そして、海への回帰は一過性に終わることなく、 ずっと先々まで繋がり続けることになると確信できた。海とは全く関わりのない世界へ後戻りしたり、海から遠ざかるようなことは二度と したくないと深く心に刻んだのはこの時であった。

  さて、夏学期において取得すべき残余の単位を了することができた。とはいえ、学位証書はどうなるのか。問題は 学業成績いかんにあったが、夏学期を最後に学業の「終着点」に漕ぎ着けられたことが何よりも嬉しくて、成績や学位のことを すっかり忘れていた。

  帰国を数週間ほど後に控えていたある日のこと、バーク教授を研究室に訪ねた。その折に交わした会話から、教授が私の学位のことを 真剣に考えてくれていることを知った。教授が研究室で話してくれたこと、即ち学位授与の審査委員会に諮られる予定であるという。授与が決定されれば数か月後に郵送されるとのことであった。その時の会話のことを今でも忘れることできない。彼からの一言を胸にしまい込み、それを 信じて部屋を出た。学位授与のことは「運を天に任せて待つほかない」ことを自身に言い聞かせた。 その後研究室に戻り帰国のための残務整理を本格的に始めた。

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