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第二学期 (1975年1~3月) に入っても、バーク指導教授の教科である「国際海洋法 (パート II )」を履修することが必須であった。
だが、前学期での同科目(パート I )のスコアに衝撃を受けてからはトラウマとなり完全には脱し切れていなかった。結局、バーク
教授からの直々のアドバイスもあって、海洋法制に関する特定テーマの下で研究論文を書き上げ期末に提出することにした。
いわばターム・ペーパーに類するものであったが、内容的にはずっとレベルの高い論文に仕上げることが期待されていた。私のことを
案じてのことなのか分からないが、教授との対話の中でそういう履修方式もあることを教わった。
問題はいかなるテーマで論究するかであった。教授の研究室を再び訪ね面談した折のこと、どんなテーマがよいのか、尋ねなくて
もよいことをぽろりと尋ねてしまった。軽く発したその一言は全く余計であった。まさに「覆水盆に戻らず」の諺が当てはまる
場面であった。
教授からは、「テーマは無限大にある。自身で考えるべし」と、あっさりと突き放されてしまった。当然のこととして自身で模索する
ことにした。後で振り返れば、結果論的であるが、この突き放しが良い研究テーマを真剣に模索するきっかけを与えてくれた。先ずは、
前学期での不名誉極まりない成績を挽回すべく、今学期では気合を入れ直し不退転の決意で論文執筆と真正面から向き合うこととなった。
研究室でテーマについてあれこれと模索を続けていた折のこと、かねがね抱いていた一つの視座を思い出した。当時開催が
始まって間もない「国連第三次海洋法会議」では、参加国のうち圧倒的多数を占める発展途上国が「グループ77」(略称「G77」)という、
強い連携を保っていた政治的グループを結成し、一つの塊となって現行の伝統的国際海洋法秩序の革命的ともいえる変革を求めていた。
当時「G77」の連携を象徴していた新法制の一つは、「離岸200海里の排他的経済水域」(200EEZ)であった。200EEZを何が何でも
条約案に盛り込み成立させようという国家意思やグループ全体の勢いがみなぎっていた。
だが、個人的には、発展途上国による200EEZに対する頑なまでの主張について「本当にそれでよいのだろうか」と、漠然とした疑念を
抱いていた。いつしかそれについての問題提起や深掘りをしたかった。
確かに、世界の海洋法秩序は欧米列強諸国を中心母体として過去何世紀にもわたって形成されてきた。その歴史を顧みれば、
戦後1950~60年代にかけて植民地支配からようやく政治的独立を果たした多くのアジア・アフリカ諸国が「G77」の下で一丸となって200EEZの
条約化を強く主張していたことを理解できない訳ではなかった。
また、公海下の深海底に無尽蔵的に眠るマンガン団塊に関し、先進海洋諸国は、現行国際法の大陸棚限界に関する規定の曖昧さに乗じて、
資本と技術力を生かし、いずれはそれらの深海底資源を囲い込み独占的に開発するという傾向をのぞかせていた。他方、G77は先進諸国
がその資源開発から将来計り知れない恩恵を享受することになるのではないかとの強い危機感を抱いていた。
故に、その鉱物資源を「人類の共同財産」と位置づけ、その探査・開発の全てを何らかの国際機構の管理下に置くというレジームの
構築を強く主張していた。国家による探査・開発事業を当該国際機構に単に登録させるという、いわば形式的な法制の創成を主張するという
ものではなかった。彼らの主張は、離岸200EEZ以遠の資源の探査・開発、規制、収益の配分などの実質的な管理権限を当該機関に付与する
ことを旨としていた。それもこれも共感しうるところであった。資源探査・開発におけるフリーハンドを出来る限りもちたい意向を
擁する米国などの先進諸国の立場と「G77」のそれとは、国連会議当初から鋭く対峙していた所以である。
他方で日本やソ連のような遠洋漁業先進国に目を向けると、1970年代は、はるか遠方に位置する沿岸諸国の領海近くまで進出し、
水産資源を根こそぎ獲りまくり多大な利益を享受していた。それは資本と技術のある国のなせる業であった。
日本は200海里幅の「漁業専管水域」も、また200EEZについても、国際法制化することに大反対の立場にあった。「3海里の狭い領海」の
外側に広がる「広い公海」での「漁業の自由」こそが国益に適う絶対的なレジームであると信奉し続けていた。
当時の資本と技術の乏しい途上国からすれば、自国の地先沖合にある水産資源が、日本をはじめソ連、韓国、ポーランドなどの
先進漁業国によって根こそぎ略奪的に漁獲されるがままに殆ど経済的恩恵に浴さないことに歯ぎしりしていたはずである。
日本は戦後まもなくして、米国、カナダ、ソ連などの北太平洋に面する漁業先進国とは、「漁業の自発的抑止」や二国・多国間
漁業協定の締結などを通じて、漁業規制や資源配分などの利害調整メカニズムに預かっていた。だが、米国でさえも、日本の漁船団
が米国沖の近海水域まで進出し、サケ・マス資源の沖捕りやスケトウダラ、ホッケ、カレイなどの底魚などをはじめとして大量に漁獲
することを好感する話ではなかった。米国でさえ、自国近海水域における漁業振興や資源保全などの観点からすれば、200EEZは自身の
基本的に国益に適う法制であると映っていたに間違いなかろう。
「国連第三次海洋法会議」では「コンセンサス方式」によって条約案が採択されることが合意されていたので、条約案に盛られるさまざまな
テーマの法制が、その後どのような議論を経ていかなる内容に落ち着くのか、それらの帰趨は1974年当時にあってはまだまだ予測しがたい状態
にあった。だがしかし、「G77」が主張する200EEZ の法制化と、米ソ超大国が軍事戦略上死活的に重視していた「国際海峡に
おけるより自由な通航制度」のそれとの抱き合わせによる双方の歩み寄り、即ち一括的妥協が成立し、二つの制度が同時に受容される
可能性はありえた。
当時の情勢として少なくとも言うることは、先進諸国にとって、200EEZを世に存在しないものとして無視することはもはや
できない世界的な趨勢になっていたということである。だとしても、私的には、その200EEZ法制には根深いディレンマが含まれており、それに
目をつぶることになってもいいものであろうかという、。モヤモヤとした思いを拭い去ることはできなかった。
休題閑話。私が提起したかった視座や視点は、各国のもつ地理的偶然によって設定されることになる200EEZが生み出す質的・量的な
不均等性、偏在性、不公平性に関するものであった。国益の観点からして各国が200EEZといかなる関わり合いをもつことになるかは
千差万別である。
先ず、海に面しないが故に200EEZをもちようのない、いわゆる「内陸国」が数多くある。アジアでいえばネパール、ブータン、ラオス、
モンゴル、中央アジア諸国のほとんど。南米ではパラグアイ、ボリビア。アフリカのウガンダ、ボツワナ、ジンバブエなど
多数である。欧州のスイス、オーストリア、ハンガリー、チェコスロバキアなど。そして、海に面するとしても、沿岸諸国の
海岸線の長短は全く千差万別である。因みにイラクは10海里ほど、ソ連は23,000海里以上の海岸線を有する。日本のそれは18,900海里
(35,000km)ほどである。
カリブ海に位置する多くの島嶼国、中米地峡にあって隣国同士がひしめき合う国土狭小の沿岸諸国。地中海に面する北アフリカ
や南欧の国々、ペルシャ湾や紅海に面する沿岸諸国などは、互いに相対あるいは隣接し合う。そして、彼らの相対的に狭小な
200EEZがモザイク状に窮屈にひしめき合っている。EEZを沖に向け200海里まで拡張しようにも、すぐにデッドエンド (袋小路) の状態となり、
極わずかな面積のEEZにしか資源管轄権を及ぼしえない。これらの沿岸諸国は偶然の地理的ファクターによる「地理的不利国」とみなされてきた。
因みに、ペルシャ湾に面する沿岸諸国の200EEZ面積は、イラクが700平方km、クウェート1.2万平方km、カタール2.4万平方km、
バーレーン0.5万平方kmであり、15万平方kmを擁する隣国のイランからすればとるに足らないものに見える。
例えば、アルゼンチンは116万平方km、日本は447万平方km(領海を含んで)で、国土面積の12倍の海域を管轄することになる。その他、
米国、ソ連、オーストラリア、カナダ、インド、ブラジル、インドネシアなどは、明らかに広大な面積の200EEZを享受することになろう。
EEZ水域の海面から海底までの海中コラム、即ち海の立体的広がりも極めて千差万別である。
200EEZの海中・海底・その地下に実存してきた、あるいは潜在的に賦存するであろう海洋資源の質的・量的内容も
驚くほど千差万別である。資源の質・量的差異の大きさは、その幾つかの事例を紐解けば容易に理解できる。因みに、ペルシャ湾に面する
イラク、クウェート、サウジアラビア、カタール、アラブ首長国連邦、バーレーンなどは、その200EEZも、またその下にある大陸棚も相対的に極めて狭く、典型的な地理的不利国である。
だがしかし、それら諸国の陸域において豊富な石油・天然ガス資源を有するばかりでなく、その狭小な200EEZ内においてさえも
莫大な産出量を誇ってきた。また、その推定・確認埋蔵量も日本とは比較にならないほど膨大といえる。
日本はEEZの広さからすれば世界第6位を誇るが、陸域・海域とわず、石油・天然ガスの産出量は、その消費量の実績と比較して全く取る
に足らないものである。かくして、世界の海域における海底石油・ガスの偏在性は、過去の産出量や推定・確認埋蔵量に
関する国別統計をみれば一目瞭然である。
海洋の漁業資源についても、魚種別漁獲高の実績をはじめ、潜在的漁業生産力を示唆する植物プランクトンの1平方メートル
当たりの基礎生産量、動物プランクトンの1立方メートル当たりの湿重量など、沿岸国によってこれまた千差万別である。
FAOが発行する海域別基礎生産量、主要漁業国別漁獲高の諸統計などをもってすれば、
沿岸諸国の相対的な海洋生物学的豊かさはかなり明瞭である。
日本の200EEZ内での生物学的基礎生産量は、米ソ加などと並んで世界の中でも相対的に高い。黒潮・親潮という大規模な暖寒海流が
北日本近くの太平洋岸沖合にて交わり、世界でも有数の好漁場を形成している。因みに、南米アルゼンチンの2,500km以上に
及ぶ海岸線に沿って、水深200m以下の大陸棚が離岸200海里(約370km)をはるかに超えて沖合へと伸び、日本と同様に豊富な
水産資源に恵まれている。広大な200EEZをもち水産資源のポテンシャリティが極めて髙い沿岸国もあれば、EEZが狭小かつ海洋生物的
資源にも相対的に恵まれない沿岸諸国や地理的不利国も数多く見られる。
200EEZ内の資源は海底石油・ガスや魚貝類だけでなく、多金属を含有する海底鉱物資源も賦存する。例えば、紅海は細長く伸び、
その幅はわずか数100kmであるため、紅海沿岸諸国は狭小なEEZを分け合うことになろう。だが、紅海中央部の舟状盆地の深淵部には多金属含有泥
(polymetallic geothermal deposits)が賦存している。泥には鉄、マンガン、亜鉛、銅などを含有する。その他、ナミビア、南アフリカ、
マレーシアなどの沿岸域には、ダイヤモンド、砂金、錫などの漂砂鉱床が賦存する。だがしかし、それらの鉱物資源もかなり偏在している。
端的に言えば、世界の沿岸諸国は200EEZの法制度化に伴ってそれぞれに海洋資源を囲い込み、かつ分割し合うことになる。そして、
分割の有り様は、各沿岸国がたまたま持ち合わせる地理的偶然性、即ち偶然の地理的条件によって大きく決定づけられる
ことになる。先ずは海岸線の長さや相対国などとの距離や地理的関係性がそれである。
200EEZや大陸棚の面的広がりのような量的豊かさだけでなく、EEZ内の海底およびその下の海底石油・ガスその他の鉱物資源、さらに
魚貝類の生物学的資源などの偶然による質的豊かさも、第一義的には偶然の様々な自然的条件によって決定づけられることになる。
先進諸国にとっても、また200EEZを強く主張する途上国も、そのレジームがもたらすであろう質・量的な分配の不均等性について
甘んじて受認しなければならないが、国際社会としてはそれでよしとするのであろうか。
先進諸国は地理的不利国であっても、自前の資本と技術があれば、海洋資源を豊富にもつ沿岸国に投資することで開発に参加し
利益に預かることができよう。発展途上国は、たとえ資本・技術が乏しく自ら資源探査・開発ができなくとも、地理的偶然によって
EEZ内の資源的ポテンシャルが髙ければ、他の先進諸国の事業体などと漁業協定や、海底石油・ガス開発に関するコンセッション契約を締結する
ことで、諸々の経済的収益(入漁料や鉱区料など)を得る策もありえよう。だが、EEZが狭小であり海洋資源のポテンシャリティが乏しい
地理的不利国やその他の沿岸国は、EEZの恩恵には余り預かれないことになろう。
偶然の地理的そして自然的条件でもって200EEZを設定し海洋資源を分割すれば、沿岸諸国のうちのどれだけの発展途上国がいかほどの恩恵を
受けることになるであろうか。翻って、200EEZは、世界諸国の経済的発展や格差縮減にどれほど寄与することになるのか。当時抱いていた
EEZにまつわる疑念であり命題の一つであった。
かくして、アフリカ全地域をケーススタディの対象に取り上げ、地理的偶然による200EEZの設定からもたらされる資源分割の不均等性
について出来る限り可視化し、その妥当性や合理性について掘り下げてみたかった。
そして、大上段に構え過ぎて現実離れした提案をすることは避けながらも、200EEZ法制について何がしかの再考を求めての提案をしてみたい。
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