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logchapt4-5より抜粋
[参考資料]
・ 1982年4月、「1982年海洋法に関する国連条約」(1982年国連海洋法条約、1982年海洋法条約)が、1982年4月に賛成130、反対4
(米国、イスラエル、トルコ、ベネズエラ)、棄権17で採択された。署名式は同年12月10日、ジャマイカのモンテゴベイで開催された。
日本は1983年2月に署名した。
・ 留学していた1974-75年当時には、大陸棚に関する多国間条約(国際成文法)はそれまでは「1958年大陸棚条約」しか存在しなかった。
日本はずっと非締約国であり続けていた。
同条約によれば、「大陸棚とは沿岸国の海岸に隣接するが、領海の外にある海底およびその地下であって、沿岸国は大陸棚を探査し
天然資源を開発するための主権を行使することができる」。即ち、海底の探査・天然資源の開発に関する限り、沿岸国の主権に
服する区域である。しかし、その外側にある大陸棚限界は当時の国際法上曖昧のままで問題点として残されていた。
・ では、大陸棚の外側の限界は何処か。即ち、資源探査・開発の主権に服する大陸棚と「国家管轄権の範囲を超える海底およびその地下」
と呼ばれる区域との分界は何処か。
大陸棚条約によれば、「大陸棚の範囲について、沿岸国の海岸に隣接するが、領海の外にある海底およびその地下であって、上部水域の
水深が200mまで、またその限度を越える場合は、天然資源の開発を可能にする水深まで」と規定されていた。
地質・地形とは無関係に水深200m以下の海底の全てを含むことになる。
・ 開発を可能にする技術は沿岸国が有する技術のレベルを標準とするものではなく、当時の世界における最先端の海底開発
技術レベルを標準とすることになる。何故ならば、沿岸国の資本・技術のみによる探査・開発である必要はなく、外国のそれを導入して
の開発であっても良いことからである。
沿岸国の大陸棚に対する権利は、その資源に関する探査と開発を独占させることになるので、また開発可能性は技術の進歩につれて
無限に沖合へと広がり行くので、理論的には、いずれは全世界で開発不可能な海底はほとんど存在しなくなり、海底は特に
資本・技術もつ世界中の先進諸国によって分割管理される時代が来るのは不可避であると思われていた。
・ 大陸棚の境界に関して言えば、大陸棚が、2つ以上の相対する沿岸国間にある場合、あるいは隣接する国の領域(領土)に面して
同一の大陸棚がある場合、関係国間の合意によって決定する。合意成立しない場合は、特別の事情によりある境界が正当と認められる場合は
その境界による。しかし、かかる特別の事情の内容が定められていないので、詰まるところ、それら特別の事情は関係国間の協議の
基礎材料(資料)になるだけである。
・ 合意が成立しない場合、両国が「紛争の義務的解決に関する選択署名議定書」の当事国であればその手続きに従って処理する
ことになる。合意が成立せず、かつ特別の事情により「ある境界線」が正当と認められない限り、相対国では大陸棚の中間線とする。
隣接国の場合では等距離の原則をもって決定することとなる。
なお、国際司法裁判所(ICJ)は、後述する「北海大陸棚事件」の判決において、中間線・等距離線について、慣習国際法を法典化したものではないので、合意なき場合その適用を義務的なものとは
認められない旨の決定を下している。
・ さてここで、当時重要な判例であった「北海大陸棚事件」のICJ判決について振り返りたい。1969年、西ドイツ(大陸棚条約の非
当事国)対デンマーク・オランダ間の境界画定につき判決を下した。境界画定だけでなく、大陸棚制度の
基本に触れる問題について慣習国際法の側面から重要な見解を明らかにしている。
[判旨(はんし)] 大陸棚に対する沿岸国の権利はその陸棚が沿岸国陸域(領土)の海中へ向かっての「天然の延長」を構成しているという
事実に基づくものである。その延長を構成していない場合、いかに近くにあってもその沿岸国には属するものでない。このように、
大陸棚が沿岸国に付属する根拠は沿岸国領土と大陸棚との地質学的一体性にあるとし、隣接性や近接性よりも基本的なものであるとする。
この見解に従えば、大陸棚の範囲は沿岸国領土の天然の延長の端までということになる。
・ 大陸棚条約は第6条で、相対国や隣接国間の合意によって決定されるとする。合意が成立しない場合は、「特別の事情」により「ある境界線」が正当と認められない限り、等距離方式をとることを定める。合意なき場合とは交渉の失敗を前提にするのか、立証されることが立証
されることを要するのか。
「特別の事情」とは何か。誰がいかなる基準で認定するのか。合意も特別の事情もない場合、境界線は自動的に中間線または等距離線
となるのか。成文国際法上では必ずしも明らかでない。
・ 第6条の等距離方式の採用は当事国間で義務的ではないと思われる。理由として、大陸棚条約第1~3条は留保することが
許されていない。国際慣習法を法典化したものと見なされているからである。他方、等距離を規定する第6条は留保が許されている。
同条は法典化されたものでなく、新たに制定されたことの証拠とされる。
かくして、等距離方式の採用を当事国に義務的なものと解することはでき難い。
・ ICJ判決によれば、相対国、隣接国の境界画定は「衡平の原則」に従い、かつ全ての関連事情を考慮に入れて、当事国の領土の
海底沖へ向かっての天然の延長をなす大陸棚の全ての部分を、他国領土の天然の延長に侵入することなしに、各当事国にできる
限り多く残すような仕方で合意によってなされなければならない。
・ なお、ICJ判決では、大陸棚条約第1~3条については「大陸棚に関する慣習国際法として受容されたか、または少なくとも
現れつつある規則を反映し、またそれを具体化したものであると当時既にみなされていたことは明らかである」と述べ、同3ヶ条を
もって当時の国際慣習法を法典化(成文化)したものと捉えた。
・ ただし、その範囲については「大陸棚は沿岸国の領土からの天然の延長を構成しているという事実に基づくものである。
故にそれが沿岸国の領域の天然の延長を構成していないときは、いかに近くにあっても沿岸国に属しない」と述べる。
つまり、大陸棚が沿岸国に属するのは、沿岸国領土と大陸棚との地質学的一体性にあるものとしている。
この見解に従えば、大陸棚の範囲は沿岸国領土の天然の延長の端までということになり、水深にはこだわらないことになる。
・ 最後に現行の1982年国連海洋法条約では大陸棚法制をいかように定めているかは関心を抱かせるところである。
大陸棚とは、沿岸国の領土の天然の延長をたどって大陸縁辺部の外縁(コンチネンタル・マージン)の海底及びその下、または
外縁が領海の基線から200海里に達しない場合は、その基線から200海里までの海底及びその下までである(第6部第76条1項)。
同マージンが200海里を越える時は外縁が終わるところまでである。ただし、その外縁は、領海基線から350海里まで、
または水深2500mの等深線から100海里を超えてはならないと規定する。
1982年およびそれ以降では、大陸棚法制を含む「国連海洋法条約」が成立し適用されるとともに、大陸棚の境界を巡る幾つもの国際司法
判例が発出され続けてきた。そんな状況の中で、時代を遥かに遡って1974-75年時代の筆記試験問題(それも今となっては記憶が相当曖昧
のままである)を論述し、当時の旧ルールをもって論理展開を試みるのは、内心忸怩たる思いがある。というのは、期末筆記試験の
結果は惨憺たるものであったからである。
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海盆中軸までを限界とすることが正当と認められない理由は。中国のそれは何故理不尽、不合理か。
・ 尖閣諸島がある。
・ 日本からも地質構造が伸びており自然の延長をなしている。
・ 凹地くぼみはごくわずか: 中国・日本間の距離は300km?に対して海盆の水深はわずか2㎞のくぼみに過ぎない。
とるに足らず。
・ 衡平の原則に反する。
・ 今は中韓等距離線からの特別の事情を考慮して衡平の原則を叶えるよう微調整するのが最も合理的であり、昨今では国家慣行
となっている。国際慣習法が形成されつつある。
・ 中国は尖閣諸島を自国領土であるとしなければ海盆中軸まで主張する論拠が成り立たない。
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さて最後に、現行の「1982年国連海洋法条約」では大陸棚法制をいかように定めているかに関心を寄せたい。
同条約第76条1項によれば、大陸棚とは、沿岸国の領土の天然の延長をたどって大陸縁辺部の外縁(コンチネンタル・マージン)
の海底及びその下、または外縁が領海の基線から200海里に達しない場合は、その基線から200海里までの海底及びその下まで
である(第6部第76条1項)。
コンティネンタル・マージンが200海里を越えて延びる場合は、第4項に記される線によってその外縁が
設定されるところで終わることになる。ただし、その外縁は、領海基線から350海里まで、
または水深2500mの等深線から100海里を超えてはならないと規定する。当該線は海底の「堆積岩の厚さ」や「大陸斜面基部での勾配」などの
地質学的要素をもって算出されるが、新海洋法では大陸棚の最大限界となる外縁は基本的に基線からの距離数によって画定されることになる。
「図式」挿入
かつては大陸棚の限界は水深によって定義され、それも極めて曖昧であった。即ち、「1958年大陸棚条約」によって「大陸棚の範囲
について、沿岸国の海岸に隣接するが、領海の外にある海底およびその地下であって、上部水域の
水深が200mまで、またその限度を越える場合は、天然資源の開発を可能にする水深まで」と規定されていた。
地質・地形とは無関係に水深200m以下の海底の全てを含むことになる。その外側にある大陸棚限界は当時の国際法上曖昧のままで
問題点として残されていた。
更に言えば、開発を可能にする技術は沿岸国が有する技術のレベルを標準とするものではなく、当時の世界における最先端の海底開発
技術レベルを標準とすることになる。何故ならば、沿岸国の資本・技術のみによる探査・開発である必要はなく、外国のそれを導入して
の開発であっても良いことからである。
沿岸国の大陸棚に対する権利は、その資源に関する探査と開発を独占させることになるので、また開発可能性は技術の進歩につれて
無限に沖合へと広がり行くので、理論的には、いずれは全世界の海洋で開発不可能な海底はほとんど存在しなくなり、海底は特に
資本・技術もつ世界中の先進諸国によって分割管理・支配される時代が来るのは不可避であると思われていた。
さて、日本は東シナ海をはさんで中国や韓国と相対している。即ち、日中韓3国は、共通する大陸棚に向き合っている。しかも、
彼らが向き合ういずれの海岸線の互いの離岸距離は全て400海里未満である。そして、中国も韓国も、大陸棚に対する自国の主権的権利が
及ぶ大陸棚の限界権利はその陸域(領土)からの海中へ向かっての「天然の延長」を構成していることを根拠に、
「沖縄舟状海盆」までであると主張する。それを主張するは勝手であるが、余りに理不尽なものであり、正当化できるものではないと
思料する。海盆を限界線とするのは、国際法が要求する「衡平の原則」に基づく分界を著しく阻害することにもなる。
同海洋法条約第83条の相対国または隣接国間における大陸棚の境界画定条項によれば、「衡平な解決を達成するために、国際司法
裁判所(ICJ)規程第38条に規定する国際法に基づき合意により行なうと定める。また、合理的期間内に合意が得られない場合
は、第15部「紛争の解決」に定める手続きに付すとする。
合意するに当たって従うべき具体的な規則は何ら定められていない。故に同条約が制定される以前の国際法(成文法や慣習法、形成されつつある
慣習法的ルールやICJなどの国際司法判例など)をも踏まえながら、外交交渉し合意に至ることにならざるをえない。
それまでの成文国際法である「1958年大陸棚条約」によれば、大陸棚が2つ以上の相対する沿岸国間にある場合、あるいは隣接する
国の領域(領土)に面して同一の大陸棚がある場合、関係国間の合意によって決定するとする。基本的に海洋法条約と同じである。
合意が成立しない場合は、「特別の事情」によりある境界が正当と認められる場合はその境界による。しかし、かかる「特別の事情」の
内容が定められていなかった。海底地形の類いである海盆が特別の事情の一つとして明文化され、結果それを境界にすることが明示的に
正当化されるというのであれば、それが義務・強制的に適用されようが、そうはなりえない。日本は大陸棚条約の締結国なかったし、
国際慣習法とも言えなかった。更にまた新条約にはそのようなことを明示する規定はない。詰まるところ、それら「特別の事情」は関係国間の協議の基礎材料(資料)になるに過ぎない。
・ 同海洋法条約以前であれば、合意が成立しない場合で、しかも両国が「紛争の義務的解決に関する選択署名議定書」の当事国であれば、
その手続きに従って処理することになる。合意が成立せず、かつ特別の事情により「ある境界線」(例えば、舟状海盆の底部中軸と
すること)が正当と認められない限り、相対国では大陸棚の中間線とする。隣接国の場合では等距離の原則をもって決定することとなる。
だがしかし、国際司法裁判所は、後述する「北海大陸棚事件」の判決において、中間線・等距離線について、慣習国際法を法典化
したものではないので、合意なき場合その中間線の適用を義務的なものとは認められない旨の決定を下している。
「特別の事情」、即ち自然の延長が海盆まで延びるという事情がない場合は中間線とすること、即ち海盆が存在することが「特別の事情」
として義務的に海盆を限界とされるべきというルール・慣習法が確立されていない。他方、そうでないならば中間線が義務的に適用されるのか?
否である。結局、日本も中国も他方の国を従属させうるものではない。何らかの合意を見い出す他なく、交渉で妥協を探ることになる。
また、自然延長を基礎に限界を海盆とするという説は、日本にとっては甚だしく不衡平を強いられることに帰着する。世界の国家慣行
上それほどの不衡平を他方の当事国に押し付けるような分界線の画定は見当たらない。かつての「北海大陸棚事件」判決は一つの重要事例である。
北海をはさんで英国とノルウェーが相対し、ノルウェー西岸沖合に海盆が横たわるが、海盆の中軸とすべきという分界方式で決せられた
ものではなく、基本的には等距離中間線をベースに微調整の線引きが認められた。英国、ノルウェー、デンマーク、ドイツなどの北海
沿岸国は一つの共通した大陸棚に面しており、微調整はなされても、基本的には中間・等距離戦を基本的に据えているといえる。
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? 東シナ海においてアジア大陸の陸地から伸びる地質学上の大陸棚の限界、あるいは自然延長の限界はどの辺りまでであろうか。地質学的
観点をもって巨視的にみれば、陸地は「沖縄舟状海盆」を越え、さらに南西諸島をも越えて、同諸島のすぐ東側に長く横たわる
「南西諸島(琉球)海溝」へと滑り落ちるコンチネンタル・マージン(大陸縁辺部)辺りまでではないだろうか。
地質構造上の視点からすれば「沖縄舟状海盆」は、太平洋側プレート(フィリピンプレート)の、アジア側プレート(ユーラシアプレート)
への沈み込みによって、東シナ海の大陸棚上にできたほんの窪みに過ぎないとみなしうる。
東シナ海に海底地形的に窪みが存在しても、日中韓3か国は共通する大陸棚に面していることは明らかであり、その事実が第一義的に
考慮されるべきである。
「衡平の原則」が十分考慮されるべき。即ち、画定が衡平であるためには、いろいろな要素(海盆などの海底地形、
地質構造、島の存在など確立されつつある慣習法ルールなど)を考慮しながら妥協をさぐり、日中・日韓等距離線の調整が求められる。
沿岸国の陸地の「自然の延長」までを限界とするのは、当該国に相対する国がなく、かつ離岸200海里以遠にまで延伸している場合、
それを越えて主権の及ぶ海底をクレームすることができると、国連海洋条約法上定められている。
だがしかし、相対国が400海里未満の距離で接する場合、その「自然の延長」の法理が最優先され、かつ「衡平の原則」を差し置いて
等距離・中間線をはるかに超えて適用されるというのであれば、大いに疑義を生じさせるる。それが正当化されるのであれば、
共通の大陸棚の分界はひどく不条理で不衡平な結果を他方の相対国に強いることになる。
陸地の自然の延長であることは大陸棚を定義するための第一義的な基本的法理であるが、両岸400海里未満の相対国間の線引きにおいては、
400海里未満の距離で接する共通の大陸棚の分界線設定に最優先で適用されるべき法理ではないはずである。翻って、繰り返しになるが、
分界線画定での衡平性を具現化するうえで第一義的に重視され適用されるべきは、自然の延長の法理ではなく等距離・中間線それに違いない。
ところで、国際社会では、、現行の「国連海洋法条約」の下で、現在まで過去30年以上にわたり大陸棚の分界線画定を巡る国家
慣行が累積され、また国際司法裁判所などでの司法判例が積み重ねられてきた。そして、大陸棚の画定に関する国際慣習法ないし慣行
的ルールが漸次形成の途上にある。その形成を顧みるに、等距離・中間線の法理と衡平性の具現化に関する日本の主張を補強しうる
「法形成」がなされつつあると見受けられる。中国・韓国に軽々に譲歩する必要はないし、またすべきではない。日中韓の
大陸棚の線引き・分界を急ぐ余り今後100年にわたる禍根を残すべきでない。
相対する沿岸国間での線引きでは、その実務的観点から、先ず等距離・中間線が地図上に
プロッティングされる。さらに自然条件などを考慮に入れつつ、「衡平の原則」を具現化するとの観点から、何らかの多少の「逸脱」を
容認し調整を図ったうえで合意を目指すという国家慣行が多く見受けられる。等距離・中間線をベースに地図上に線引きした後に、
衡平性に適うように、またそれを担保できるように微調整するという手法が最も妥当であり、合理性があると思料される。
国際社会ではそのような国家慣行や判例を通して慣習法的ルールが積み上げられつつあると見受けられる。
相対国であっても仮に両岸間の距離が400海里以上あった場合には、何の問題もなく200海里+200海里にて分界されるであろう。
東シナ海で400海里以上あったとすれば何の問題なく中間線で分解されよう。しかし、現実には400海里未満である。
窪みや海盆が存在することをもって中国の限界を沖縄海盆の中軸とすべしというのは、他方の相対国の日本に余りに極端な不衡平と
不条理要求するものである。もっとも、いかなる自然条件についてどの程度を考慮し、どのような調整を行なえば「衡平の原則」を
具現化することになるのか、衡平性に資するために適用されるべきルールに明文法も、また慣習法的な統一ルールは
見られないといえよう。
衡平な画定を図るために考慮する地形、地質的などの要素は多岐にわたろうが、それらの統一的単一のルール
はどう存在しているのか明確ではない。等距離・中間線を引くにしても、諸々のいずれの要素・条件をどこまで考慮して、どのように調整するかは、
個々の具体的ケースにおいて判断されるものであろう。日本を後押しする新しい国家慣習・ルール形成されつつあり。??
今後の日中韓の境界画定においても、先ずは当事国間で外交交渉する他はない。だがしかし、日韓、日中の画定はどこまでも
平行線をたどり、合意に至ることは殆ど期待しがたいと見受けられる。中韓の自然の延長の法理への固執や日本の中間・等距離論
によって導き出される日中韓の分界線は、政治的妥協を模索しょうにも余りに隔たりが大きい。二者間でそれぞれの法理を論じ、他方をねじ伏せる
かのような外交協議では双方の深い溝を埋められず、いずれかの時点で決裂に至る可能性は極めて高い。
その場合の画定は第83条に規定される。即ち「衡平な解決」を達成するためICJ規程第38条に規定する国際法に基づき、合意に
よるとする。合意がみられない場合は同条約第
15部の定める手続きに付すことになっている。
日中・日韓の二国間同士で合意できる見込みが殆どなければ、次善の策としては、国際司法裁判所の前で法理論を展開し、裁判官に裁定
を仰ぐことがベストである。二者間のみで直接交渉するのではなく、第3者即ち国際司法レジームの下で、双方が喧々諤々の意見を
交わし決着をみることである。即ち、「国際司法裁判所(ICJ)」や「海洋法裁判所」において法的論争をすることである。
国際的司法解決に訴え続けることが、究極的解決につなげられるベストな戦略的選択であると信じる。
日中韓がICJなどに付託できれば、当事国同士が自らの主張を論述し合うことが徒労に終わることはまずない。二国間の直の不毛な論争に終止符を
打つことができる究極的に合理的な方法にみえる。判決をベースに交渉を続けることもできる。現行の国際慣習法と成文国際法に則っとり、
中立的な判断が下され、平和的解決と地域の平和と安定につながるものと期待しうる。
将来の二国間交渉に備えるという本来の意味合いもあるが、国際司法の場での論争への予備的備えとして、過去の国際司法判例や
今後も積み重なり行く国家慣行を分析し続け、理論武装を強固にしておくことが肝要である。それこそが日本が行使できる最大の
平和的手段である。また、国際司法の場裏で論争するに当たっての重要な「盾」となろう。法理論の強化は必要不可欠であり、
強力な「盾」を創成しておくべきである。
中国も、韓国からもICJなどへの付託に同意を引き出すのはなかなか難しいに違いない。中韓が司法的解決への努力を拒否し、自然の延長論
や海盆中軸説に固執することの理不尽さを世界に提起し、問い続けることに大きな戦略的意味がある。他方で、国際司法の場で
平和的に解決するよう国際世論の後押しを醸成することである。今後「100年の論争」を覚悟することになろう。
その間に、日本に有利に働く国際慣習法の形成がさらに漸進し、等距離・中間線が国家慣行の事例として増殖され国際慣習化する
ものと期待したい。中国、韓国は、国際司法の場での解決になかなか合意しないとしても、日本としては、国際司法の場で陳述し合う
ことの機が熟すまで待つということである。中韓がICJなどへの付託に同意するまで待つことでもある。いつしか将来、
国際法に基づく中立的で公正な判断を国際司法の場で仰ぐのが究極的な解決への方途となることを期待したい。だが、中国・韓国はそれを拒絶し続けるかも知れない。故に、その場合は「100年論争」を覚悟し続けねばならないだろう。
日中間には領土問題が立ちはだかる。最も厄介なのは尖閣諸島の領土帰属をめぐる対峙である。東シナ海での大陸棚
画定ではそれを避けて通れない。尖閣諸島の帰属についても、同時に国際司法判断を求め、それにケリを付けることが
できるであろうか。日本はそもそも領土問題は存在しないとの立場である。大陸棚の線引きと併せて付託することを日本政府
も中国もそれを認めるであろうか。領土帰属問題のために、線引きはやはりデッドロックに乗り上げることの可能性は大である。
「100年論争」ではなく、それ以上の長いものになる可能性もある。尖閣問題にケリがつかない限り、究極的な大陸棚分界線の合意は
不可能である。妥協として、尖閣諸島をEEZや大陸棚線引きの基点としない案もありうる。また重複地域を共同管轄区域とする案もありうる。
同案を横に置くとして、事は大陸棚の境界画定や尖閣帰属争いにとどまりそうにない。中国の東シナ海、南シナ海、そして西太平洋における
海洋覇権を頑強に希求する戦略が絡む。米中のヘゲモニーの争いである。中国は尖閣諸島を自国領としてケリを付けたいはずである。
中国にとって、東シナ海や西太平洋での海洋覇権や勢力拡張を目論む上で、尖閣諸島を自国領土化することはまさに核心的利益といえる。
尖閣諸島を実効的支配下に置くためにいつしか実力行使に及ぶかもしれない。もっとも、
台湾を中国政権の支配下に置くことを先行させるかもしれない。日中両国の武力行使は絶対に回避すべきであるが、中国は何かをきっかけに、
何かの口実の下に尖閣諸島を支配下に置こうとすることはありうる。台湾統一とも密接に絡むことにもなりかねない。
打開の希望はあるのか。国際判例と国家慣行の蓄積の行方や慣習国際法の形成や熟成を見極めることが肝要である。さらに国際司法的
解決につき提案を続け、国際社会からの支持をもって武力行使の抑止を確保することが肝要であり、日本にとっての究極的な解決、地域の平和と安定への道である。二国間で「収斂しない無益なエゴイズムや法理のごり押し」の下で論争するのではなく、
国際司法の場でそれらの法理を闘わせることを戦略とすべきである。それには、司法解決への付託に同意することの合理性
(同意しないことの理不尽さと不条理性)を国際社会に訴え続けることが肝要である。
外交交渉することに意義がない訳ではないが、二国間で外交論争を繰り返しても恐らく埒が明かずデッドロックに乗り上げることは
早晩明らかになろう。韓国とも同じである。ましてや、互いに「力の行使」によって現状を変更することは地域の平和や秩序を著しく
阻害するだけである。
しかし、外交交渉による解決は時間だけはかかる。少なくとも100年、あるいはそれ以上の年限での論争を覚悟せねばならないかも
知れない。だとしても、時を経へれば経るほど、相対国間での大陸棚の線引きに関しては、日本の中間線等距離論を補強する国家慣行や判例
が形成され続け、有義性と有利性が強化され続けよう。沖縄海盆の存在があっても、分界論争上取るに足らないことになるに違いない。
かくして、長期の国家戦略として常時対処すべき幾つかの事項がある。
その一、尖閣諸島に他国人を上陸させないこと、占拠されぬようにすること。
その二、東シナ海での等距離中間線以南の大陸棚での中国・韓国による海底資源などの探査・開発活動を座視して認めないこと。非正当性を訴え
続けること。日本は領土を奪われてはならず。次善策は領土問題も司法でけりつける。
その三、大陸棚境界画定などの問題につき、国際司法の場での解決を絶えず主張し訴え続けること。
その四、国際司法の場での論争のための準備を怠らず、法的「盾」や法理論武装をたえず強固にすること、である。
中国がその公船をもって尖閣諸島周辺の接続水域、時に領海への侵入を止めない限り、大陸棚の線引きの協議などありえない。
東シナ海や南シナ海が平和と秩序のある海になるかは、中国が関係諸国との間で課題を本気で解決を図ろうという政権の意図意思、
施政権者の意思に全てがかかっている。その意思がないところに平和的解決もない。協議と協調によって対立や対峙、個別の具体的争いを
解決し乗り越える意思があるか。なければ、永遠に解決への収斂も見通せない。
中国が海洋覇権・勢力拡大の戦略を優先し続ける
のであれば、その方向転換を図るまで、あるいは米中の雌雄間のレジームチェンジを決する世紀まで持越しとなる。
まして、中国にとって、尖閣諸島の帰属につき何らかの満足できる決着を見ない限り、線引きの協議は前進しようもない。
中国の満足の行く決着とは、領土主権を自らの物にすること、自国化することである。
東海、南海の平和な海を望むが、現在の中国では=一党独裁の非民主的政権の中国では、あらゆる覇権を力ずくで求める
中国では、今後50年,100年、否それ以上の間は望み難いであろう。静かに話し合える環境なし、問題を解決する意思もなく、
関係当事国間同士ではもはや外交協議は早晩行き詰まり、合意・解決できないと想像に難くない。
故に「第三者機関の国際司法にゆだねる他、合意にいたる道筋を見い出せない」と考え。だが、領土問題にケリが付かなければ、
画定は難しい。尖閣も含めて大陸棚の分界に光が見え来よう。いずれにせよ、100年か、200年論争となるか、誰もわからない。
だが目の前の課題だけではない。米中の政治経済軍事超大国間の世紀にわたる覇権争い、勢力・支配を争うというその世界的戦略的文脈の中で、東海も南海めぐる海洋支配・覇権を争いも、大陸棚画定も尖閣帰属もその中で捉えられることになり、それだけを当事国間で
周辺国間で平和に収めることは極めてむずかしい。
→ 100年の戦いとなる所以である。南シナ海、東海を見よ、法でなく力の支配、実力行使
による大陸棚、尖閣を巡る戦いは両大国のせめぎ合い、覇権争いの一部分、一現象である。
従って、「日本固有の領土」という現状の下では、中国は線引きなどを協議するつもりは毛頭ないと思われる。それ故に、論争は
100年というより無期限的に続く恐れがある。それでも、線引きを急ぐことも焦ることも全くない。中国が国際法の下で平和的に
解決しようという国家意思を示すまで、日本は長期国家戦略を貫く覚悟がいる。中国が二国間の外交的解決あるいは司法的
解決を求めるまで。
尖閣諸島への公船による領海・接続水域への侵入や侵犯の現状をみよ。尖閣を日本側に隙あれば支配下に置くことを狙う、
実力行使に踏み切る可能性は十分ある。絶対取られるな、上陸させるべきでない。これから米中の世界の覇権、支配をめぐる争いは
始まったばかりであり、パックスアメリカーナとパックスチャイナの戦いのゲームである。
長い長い争いになるかも知れないが、希望はある。
協議、司法解決の環境を整えることが大事。その機が熟すのを待つのに100年はかかる。逆説的に言えば、100年と言うのは予見できる将来
解決の目途はないということである。
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(等距離・中間線をベースにしながら、「衡平の原則」を具現化できる適切な線引きが求められるべきである)
他方、同条約に規定される大陸棚境界画定に関する成文の法規則だけでは、相対国あるいは隣接国間での大陸棚の
分界につき、等距離中間線をもって強制・義務的に、他方の相対国または隣接国を従わせることはできない。
即ち、現行の海洋法条約では、合意がない場合(合意に達しえなかった場合)、「他の線引きが正当化されない限り等距離中間線
によってなされるものとする」という強制・義務的規定とはなっていない。これはかつての「1958年大陸棚条約」の場合と
基本的に同じルールが踏襲されている。また、同規定は成文法化されていないだけでなく、国際慣習法ともなっていない。
また、陸地の自然延長には、その沿岸国の「近接性」が求められるものであり、陸地の自然
延長論を拠り所に「沖縄海盆中軸」までとするのは、その近接性の原則からも大幅に逸脱するものである。
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以下どう本論に包摂するか???
故に、中間等距離線をベースに窪みなどの海底地形をもって、場合によっては堆積層などの地質構造
をもって等分化などの微調整されよう。
一説によれば、1985年の「リビア・マルタ大陸棚判決」以降にあっては、主流派であった自然延長に基づく理論展開から中間線
によるそれへと代わってきている。
以下「日本と海洋」の論点視座のとりまとめに資する。
中国は南シナ海での海洋覇権や支配を力の行使をもって握ろうと躍起である。中国は「九段線」
での広大な海域での主権を主張したが、フィリピンとの仲裁判決において九段線による主権海域の囲い込みに対する主張は退けられた。
東シナ海でも目指すところは究極的に同じで、同域での海洋覇権、海洋勢力、海洋支配を拡張することである。
ECAFEの海底石油埋蔵可能性の報告書公表以来、中国は尖閣諸島の領有権の主張を始めた。日本がその後を国有化宣言を行ったことで、
公船などをもって領海侵犯などの実力行使を執拗に繰り返す。現在は、東シナ海も力の対決の場になっている。中国は法の支配、
法による解決姿勢を全く取ろうとはしていない。
力による脅かし、示威行動の繰り返す。
法理によるよりも東シナ海の力での支配をねらう。中間線付近での共同開発についても
協議に応じない。中間線付近での石油探査開発に関する合意に向けた協議にも応じようとしない(海盆中軸説であるが故に)。
中国の侵犯などの客観的データをもって、中国の異様さを世界に発信し続けることが肝である。そして、
・ 当時、どんな法理展開でどんな別の選択があったのか。
法理論的に見ればどうなのか。つまり当時の大陸棚画定に適用されるルールは何であり、いかなる画定が合理的で正当妥当であったのか。
それもいずれ考えて見たい。
・ 2020年現在どんな法理でどんな合意が妥当か。
図解選べ。
カメラで撮った資料・国際問題研究所の資料探す。
*その報告書は国会図書館に保管されているか確認要。
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