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    第16章 パラグアイへの赴任、13年ぶりに海外の協力最前線に立つ(その2)
    第4節 再びフォローアップ業務に出戻る


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       第16章・目次
      第1節: 「海あり近隣諸国ブラジル、アルゼンチン、チリ、ウルグアイ」に海を求めて旅をする
      第2節: 米国東海岸沿いに海洋博物館を訪ね歩く(その1)
      第3節: 米国東海岸沿いに海洋博物館を訪ね歩く(その2)
      第4節: 古巣のフォローアップ業務に出戻る
      第5節: 国連海洋法務官への奉職を志し、情熱を燃やし続けて
      第6節: 国連への情熱は燃え尽きるも、新たな大目標に立ち向かう



  パラグアイから帰国した後に配属された部署は「アジア第1部」配下の「フォローアップ室(チーム)」であった。 そこに2003年4月から翌年の2004年10月(平成15年4月~平成16年10月)までの1年半ほど在籍した。2000年春にパラグアイに赴任する 直前まで所属していた部署である。前回の「フェーズ I」 としてのフォローアップ業務期間がどうも短かったためなのか、 同じ職務に戻されリセットされたようだ。確かに前回のフォローアップ業務は短かったと言える。いずれにせよ、フォローアップ 業務に誇りを感じていたので、古巣に出戻ったこと自体は喜ばしいことであった。 それに本部での人事配置についてほとんど頓着していなかった。何故ならば、入団して4年目の若い時代に、自身の専門 分野の一つである「水産」の技術協力を担う部署に4年近くも配属となったり、自身の懇願通りにアルゼンチンの「国立漁業学校プロジェクト」 への派遣を許認してもらったりしたので、後は海洋や水産に関連する国内外の切望する部署は最早実質的に存在しなかったからである。

  パラグアイ赴任前にはフォローアップ室は「アジア部」に所属していたが、帰国後は「アジア第一部」に変わっていた。 アジア部は第一部と第二部に分割され、前者が東南アジア地域を、後者が南西アジア地域を担当していた。 地域部としては、当該アジア2部に加えて中南米、中近東・アフリカの計4部に別れていた。 他方、農業開発・医療保健・教育・交通インフラ整備・社会開発・経済開発・人間の安全保障、環境保全などの課題・分野別 の技術協力の実施を担う10数の部署があった。そして、地域部は、各国・地域ごとに課題・分野別援助案件の採択や 予算配分を統轄する司令塔として中心的役割を担っていた。 そして、全ての国・地域の技術協力案件に投入される総予算を束ねる役割を担う「管理課」は当該「アジア第一部」内に置かれていた。

  日本の立場からして対東南アジア地域への技術協力が重要視され、プロジェクトの執行数や予算額において多くを 占めていたのが「アジア第一部」であった。従って、フォローアップチームの所属先としては当該「アジア第一部」以外にはなかった といえる。加えて、大規模な協力予算の執行を統轄する「アジア第一部」にとっては、予算執行状況の全体を俯瞰しながら円滑に 管理するには、フォローアップ業務を同部傘下に置いておくことが極めて好都合であった。何故ならば、統轄する 予算全体を毎年度過不足なくコントロールする上で、フォローアップ関連予算を最も便利な「調整弁」として使うことができたからである。 フォローアップでは毎年20数億円の予算が充当されていたが、水道の蛇口をひねるが如くその業務量と予算執行額の増減を容易に調整する ことができた。JICA内部のそのような事情からも、フォローアップチームおよびその業務そのものの存在意義は髙かった。

  さて、フォローアップ業務とは何をするのか、ここで改めて復習しておきたい。技術協力や無償資金協力として、日本政府は発展 途上国へさまざまな施設や機材を供与してきた。それらは途上国の「国づくり人づくり」のために直接的に役立てられる。だが、 施設や機材が何年も使われると、経年劣化によって機能低下したり、損傷や故障したりするのは避けられない。また、暴風雨やハリケーン (台風)、地震、火山噴火、大洪水などの自然災害によって損壊を被ったりもする。

  原則的に、被援助国は、日本から無償贈与された施設や機材を自国財産として自助努力によって維持管理し、時に修理を行い 機能を回復させ再利用し続けることが期待される。しかし、故障を診断しその箇所を特定することが困難であったり、修理技術が十分でなかったりする。また、 多くは日本製品であるが故に、当該国に日本メーカーの代理店が存在せず、パーツの入手や修理が困難であったりする。 また、予算不足などのために修理が困難である場合が多い。それら施設の原状復旧や機材の機能回復を図り、再び有効活用されるよう 支援するのがフォローアップのミッションである。機材の不具合を診断し、修理用パーツを特定するための調査チームを派遣し 側面支援する。さらに、修理部品を供与したり、修理チームを送り込んで機能の再生を図ることのニーズも多い。施設についても原状 への復旧を目指すが、現地のJICA事務所に経費を示達(送金)し、ローカルの建設業者に修理などを託すことも多い。

  例えば、暴風雨が南洋のマーシャル諸島を襲い、無償資金協力で建設された学校の屋根などが破損した。調査団を派遣し、その被害状況を 見極め、また修繕策を検討し、その後ローカルの業者を介して修理を実際に施した。同じく南洋の島嶼国パラオは、日本から供与された2基のディーゼル発電機による電力供給に 大きく依存していた。発電機は経年劣化で機能低下だけでなく、突然の故障でブラック・アウトになるリスクもあった。重大な事態に陥る 前に1基ずつ順次オーバーホールを施すことが最善策であった。

  フィリピンで発生した「ピナトゥボ火山」の大噴火で被災した住民の生活に不可欠の飲料水 を確保する目的で、数台の移動式井戸掘削車両が供与された。しかし、過酷な条件下で長く使用されたので、あちこち不具合が目立ってきた。 またフィリピン航空管制官を養成するマニラ空港内の訓練施設向けに供与された管制官訓練用機器も経年劣化が見られた。 さらに、無償資金協力として建設された「マニラ職業訓練学校」の施設に雨漏りなどの不具合が生じていた。これら3事案での不具合 に対処するために合同調査団を派遣し、その後修理・修復などの措置を講じた。また、パプア・ニューギニアに供与された消防自動車に 機能低下が見られ、その不具合を診断し機能を回復させるために必要な措置を講じたりした。これらはほんの一例に過ぎない。

  西アフリカのガンビアに対して10年ほど前に無償供与されたフェリーは、ガンビア川河口部において南北両岸を行き来し、国民生活の維持に極めて重要な 役目を果たしてきた。フェリーについては特にエンジン回りの老朽化が激しく、突然の運航停止による幹線ルートの遮断が危惧されていた。 フェリーのリハビリに向けた取り組みにおいては何をどの程度修理するか、あるいはできるかを見極めたりするのに多くの困難を伴ったが、 辛抱強くその機能回復に努めた。

  またフィリピンの別のケースであるが、米国がその昔マニラ北部の農業地帯であるアンガットに建設したラバー製灌漑ダムは 稲作づくりに大いに役立てられてきた。だが、増水時には大量の放水が繰り返えされてきたため、ダム直下の水のたたき場のコンク リートが経年劣化的に損壊していた。そのため、ダム本体の決壊につながる事故 もありうるとの危惧が高まっていた。建設は米国だが、日本もダムの維持に関わり下流域での米作に貢献してきた。検討を重ねた後 土木調査チームを現地に派遣し、ついに応急的補修工事に取り組むという決断が下された。 これらはほんの一例であり、毎年150件ほどのフォローアップ要請が世界中から寄せられていた。

  さて、フォローアップ業務の大きな特徴の一つは、全ての発展途上国を対象にしていること、かつJICAの全ての援助形態(スキーム) を対象にしていること、更には全てのJICA在外事務所と国内の援助実施部署を対象としていることであった。因みに、過去10年以内に被援助国で執行された 全協力プロジェクトやそのカウンターパートをはじめ、本邦で技術研修を受けた研修員や彼らの所属機関をも対象としていた。 そんな業務はJICA広しと言えども、他に例をみないものであった。正直、それは実に誇らしい職務であり、また醍醐味と面白さに 溢れた業務であった。JICAでの過去の雑多な業務経験をフルに生かしうる業務ともいえた。私的には、JICAやJICSでの無償資金協力 業務の経験が多少買われてフォローアップチームへ配属されたものと思いたかった。だが、本当のところは、パラグアイ赴任前に フォローアップ業務を担当した期間が、人事部的視点からすれば十分ではなかったことによるものかも知れない。

  二つ目の大きな特徴は、途上国から寄せられるフォローアップへの要請に対するJICAからの対応の迅速性にある。フォローアップ 以外の技術協力の要請案件では、その執行に当たって要請国の関係機関とJICAとの間でプロジェクトの実施に関する何らかの合意文書 が取り交わされる。そしてその後、両国政府の外交当局の間で口上書が交換され、その合意文書にお墨付きが付与され、 国際約束が取り交わされることになる。だがしかし、フォローアップ業務の実施に際しては、そのようなプロセスを踏まないことになっている。

  何故か。フォローアップに先だって実施された元々のプロジェクト事案については、既に両国間で取り交わされた国際約束に基づき、 そしてそれを起点にして実施が着手されたものである。過去に二国間で何らかの国際約束が取り交わされた事案であるが故に、 改めて約束を交わすことは不要である、というのがその理由である。かくして、要請事案がチームに寄せられた後の実施の「船脚」は迅速である。 チーム内で協力方針が検討され結論を得た後は、出来る限り迅速に執行される運びとなる。 フォローアップは、在外の協力最前線で汗を流す関係者からも、また国内の国別・課題別担当者からも、その有用性について 高く評価されていた。関係者の誰からも歓迎され喜ばれていたたといえる。官僚主義的な実施プロセスを経ることの多い技術協力 にあっては、その省略形こそがフォローアップの第一の醍醐味であった。因みに、もっと大きな醍醐味については後述したい。

  余談だが、パラグアイから帰国後の「第二フェーズ」でフォローアップチームに勤務した1年半ほどの間に、フォローアップ調査のために途上国へ何度も出向いた。 それには訳があった。チームの室長代理がJICA労働組合の委員長職に就任していたために、JICAと労組との取り決め上組合執行部 三役は、その任期中海外への出張は命令されないことになっていた。それを了承した上で、我がチームに彼が迎え入れられた。 その結果、新規に配属される新入職員や特別嘱託などへのオン・ザ・ジョブ・トレーニングに際しては、代理が出張同行ができないために、 彼に代わってそれら職員・嘱託に同行し、調査手法などの手本を海外の現場で実践的に指導することが求められた。出張は立て続けとなった。因みに、2003年7月から2004年2月 までの7か月間に6回、1か月に1回のペースで海外出張した。お陰で、私自身も大いに鍛えられ、多くを学ぶことにつながった。 感謝である。

  休題閑話。パラグアイから帰国後古巣のチームに戻ってきて間もなく、フォローアップの第三にして最大の特徴 に気付かされた。すなわち、フォローアップのやり方自体に新スキームが加えられ具現化されていたことである。赴任前にはほとんど注目を浴びて いなかったし、また実績もなかったものである。全くの新鮮なニュー・スキーム のように映った。私が知っていた従前のプロトタイプなフォローアップのやり方は、前節で述べたとおりである。端的に言えば、過去の プロジェクトの施設や機材の機能修復や延命策を措置し、所期のプロジェクト目標の遂行を持続させるというものであった。だが、 フォローアップ業務に革新的なニュー・スキームが付加され、大いに「進化」していたことに驚嘆するばかりであった。

  ポジティブな思考の賜物であろう。目からウロコが落ちるほど、革新性に溢れていた。心から拍手を送りたかった。 前任のチーム長と課員らの創意工夫の努力の成果であり、また所轄の外務省技術協力課からの賛同とサポートがあってのことであろう。 過去に援助された施設や機材の不具合の修復や機能の持続性確保だけでなく、過去の援助の成果を「点から線へ、線から面へ」と普及拡大するためのツール として活用しようとするものであった。それは画期的な発想の転換であった。日本にとっても途上国にとっても価値ある制度的な進歩 と評価され、JICA協力事業の価値ある躍進へつながるものであった。

  フォローアップ業務は最早、過去の技術協力・無償資金協力プロジェクトのいわば「負の遺産」と向き合うだけという後ろ向きの仕事 ではなくなっていたということである。即ち、フォローアップの新機能として、過去のプロジェクトの成果を「点から線へ」、さらに「線から 面へ」と普及・拡大させるためのツールそのものに「進化」していた。成果をより広く面的に発現させることに重点を移した支援ともいえた。 在外の協力最前線にいる関係者のいずれも、また国内で研修事業などに携わる関係者すらも、その有用性を高く評価するようになっていた。

  例えば、日本国内での研修で学んだ技術的ノウハウなどを、当該国に帰国後「点から線へ、さらに面へ」と拡大普及させる取り組みを フォローアップとして側面支援することに利活用された。成果を積極的に普及拡大させたいという被援助国のプロジェクト関係者の 努力と期待に応えられるよう、スキームの質的転換が図られたといえる。かくして、フォローアップは、さまざまなプロジェクトの成果を 拡充させるためのツールとして、国内外においてますます利活用される趨勢にあった。 フォローアップへの注目度はウナギ上りとなっていた。ニュー・スキームの理念が素晴らしく、多くの関係者から支持されてきたといえる。 フォローアップ事案を統括するチームに新風を吹き込み、チーム全体の士気と誇りを高めることにも繋がっていた。

  ニュー・スキームは、見方を変えれば、過去のさまざまなプロジェクトを接点あるいは起点にして、当該プロジェクトで得られた成果を将来に向けてさらに 発現・普及させるために、被援助国と日本の関係者が協業して「新規のプロジェクトの立ち上げと実施」に取り組むことを意味した。 フォローアップ事業はまさに新たなフェーズに突入していたともいえる。「国づくり人づくり」のための「種まき」がなされ生育してきた 過去のプロジェクトから更に新しい種を摘み取り、さらに場所をかえて播種することで生産の面的拡大を図るかのようである。 フォローアップのニュー・スキームが新たな協力と成果を創出するかのようである。フォローアップ協力の進歩であるだけでなく、大袈裟にいえば、 JICA技術協力の進歩形の一つでもあった。プロジェクト実施サイクルの理想的絵姿を見る思いであった。フォローアップ業務の利活用範囲は 飛躍的に広がり、また事例を積み重ねるごとに「使い勝手」がますます改善されるものと期待された。

  幾つかの事例を取り上げたい。ベトナムの古都フエは長い歴史を刻んだ有名な町である。旧市街地はユネスコの世界文化遺産に登録される。 かつて同地に、街並みの景観を保存しつつ観光にも有効活用することをベトナム関係者と協業して取り組んだJICA専門家がいた。 その後、シニア・ボランティアが指導を引き継いでいた。景観保全の造詣が深いエキスパートを近隣諸国から招聘し、フエの 文化遺産と景観の保全・観光振興に関するシンポジウムを開催し、エキスパートやステークホルダーからさまざまな政策提言を得ることを目的に 地域的国際会議を開きたいという。かつての専門家とその指導を受けたベトナム側カウンターパートを接点(または起点)とした フォローアップ事業という位置づけて、パネリストの招聘旅費、会場設営費、資料作成費などが支援された。

  カリブ海の国ジャマイカにおける「海外青年協力隊(JOCV)」のボランティアとそのカウンターパートへのフォローアップの事例がある。 歴代のJOCV隊員がジャマイカで体操競技の指導に長きにわたり携わってきた。近年には選手の層は厚くなり、優秀な選手が何人か育成されて きたという。彼らの更なる技能向上のブレークスルーを図るには、地域の国際競技大会に参加させ、実力を競わせ、大会競技者としての経験を 積ませることが重要であった。他方、 同大会で優勝できる可能性を有するほどに優秀な成績を収め、ジャマイカの希望の星にまで育ってきた選手がいるという。ついては、近々 開催される米国での地域国際大会で入賞できる可能性をもつ有望選手をコーチと共に送り出したいという。大会への参加は選手の さらなる能力向上に繋がることが期待された。カウンターパート機関であるスポーツ省担当局長からの要請の下、JOCV隊員の指導の受け手 である同局長・選手らをフォローアップの接点と位置づけ、渡航費・宿泊費などの大会参加費につき資金支援を行った。

  日本でのテーマ別集団技術研修とフォローアップとの好事例が力強く生まれつつあった。日本での母子保健衛生の集団研修コース において日本の独創的な母子手帳制度を学んだ10か国ほどの研修員が、研修後母国の厚生省や地方保健所などの勤務先に戻り、学んだノウハウを生かして 活躍していた。保健省の係官をこの日本研修に参加させたインドネシアは、この研修員を接点とするフォローアップ事業 として、首都ジャカルタに特定地域の地方保健所職員や看護師・助産婦らを招聘し、母子手帳のサンプルの配布やその制度の紹介を行なう セミナーを開催し、制度を普及させるための実行部隊を育成したいという。そのためのセミナーの開催のための会場借り上げ費、 参加者の交通費、テキスト作成費などにつき支援を求めてきた。母子手帳サンプル作成経費については、保健省がその半分を負担するという。 これはほんの一例であり、類似する多くのフォローアップ案件の申請が寄せられ、その要請に積極的に応えるよう努めた。

  都内の国際研修センターではもっと積極的にフォローアップのニュー・スキームを活用する事例を見た。集団技術研修が都内で実施途上に ある段階から、研修受講者に対して、帰国後その学んだノウハウの普及拡大への取り組みに強いインセンティブを与えるために、また 当該進行中の研修そのものへのより真剣な参加を促すために、ニュー・スキームを一歩も二歩も先取りしたいという。 具体的に言えば、日本での研修の終了直前の段階で、帰国後に取り組みたい「ノウハウ普及プラン」を提案してもらい、同研修センター で事前の予備的審査を行い、秀逸な普及プランについては帰国後フォローアップ要請案件として現地JICA事務所に申請書を提出 してもらう、というアイデアである。事務所はそのプロジェクトを優先的に受け付け、かつJICA本部にフォローアップ案件 として申請するというシステマティックで組織的な仕組みを作り上げようとしていた。これはさらにチャレンジングなニュー・スキームの 活用法であった。日本で技術研修を受けた者が、帰国後その学んだノウハウなどを所属組織内や 地方組織に普及拡大したいと願う研修員だけでなく、被援助国・日本側双方の全てのステークホルダーにとっても、研修成果を積極的に 普及拡大するための強力なツールになっている。

  集団研修コースの各参加国の研修員は、研修が本邦で進行する段階から、帰国後に取り組みたい普及活動プランを練り上げること が期待される。コースに参加する全研修員が帰国後のフォローアップ事業を構想し競い合うコンペティションとも受け止められる。 有望なプランに対しては、帰国後その実現に向けて強力にバックアップされること、あるいはフォローアップ支援を事実上コミット メントすることを意味する。かくして、本邦での技術研修とフォローアップとが表裏一体化する。 研修協力とフォローアップの2つのスキームの有機的組み合わせによって相乗効果が生みだされることにつながる好例でもある。

  過去のプロジェクトとの接点は、研修員がJICAの技術研修に招聘され参加したことである。ある意味では、研修を起点にした ニュー・プロジェクトの遂行とも捉えられる。研修員の募集・受け入れ についてはすでに口上書が交わされているので、そのフォローアップの実施にかかる両国間の約束は再度取り交わされることはない。 少なくとも過去10年以内においてさまざまな個別・集団研修に参加した全ての者が、このフォローアップ事業の受益者になれる資格を もつということである。JOCV隊員を受け入れたカウンターパート機関や彼・彼女の指導をうけたカウンターパート 自身もその資格をもつことの意味は大きい。勿論、大規模な技術協力プロジェクトのカウンターパート機関をはじめ、専門家の カウンターパート自身もフォローアップの対象となる。数多のプロジェクトにまつわる「プラスの成果も、マイナスの遺産も」まとめて フォローアップするという、画期的なスタイルの協力が進行中であった。

  こんな事例もあった。タイにも帰国研修員の同窓会があった。同会は帰国研修員の親睦を深めたり、またさまざまな社会貢献を促進 したり、さらに日本とのつながりを維持強化するという目的でいろいろな活動をしている。同会はバンコクでのマラソン大会を企画した。 幅広くスポーツを奨励し健康増進一般市民に広く訴えかけることの他、JICA自身の広報にも大きく寄与する。フォローアップチームは全途上国の 同窓会に対して申請ベースで幅広く支援していたが、今回ゼッケン作成費、JICA優勝杯、その他の開催経費の一部を負担することとした。

  ところで、フォローアップ勤務時代から3余年後にニカラグアに赴任した折のことであるが、一律的に割り当てられていた フォローアップ予算をもって、ニカラグア同窓会主催の「環境絵画展」を開催し、同会を支援することになった。環境保全にまつわる 絵画を広く小学・中学・高校生から募集し、優秀作品などにはJICAから特別賞を授与し、もって環境保全の大切さへの関心を高めるために 一役買うことになった。絵画展は毎年開催され、同窓会による社会活動が支援され続けてきた。

  フォローアップチームでは、このニュー・スキームを含むフォローアップの利活用取り扱い説明書と事例集を合わせもつ ガイドブックを作成し、特に在外事務所への赴任予定者へ配布すると同時に、オリエンテーションを隔月ごとに繰り返した。新規の 国際約束は不要であり、「使い勝手がよく、執行は迅速である」こと、専門家・JOCV隊員のカウンターパートや帰国研修員など を含めフォローアップ事業対象は極めて幅広いこと、要請が許認されれば在外事務所へ 必要経費が迅速に示達され自ら執行できることなどのメリットをはじめ、過去の協力の成果を「点から線へ、さらに面へ」拡大普及させる ための強力なニュー・ツールに「進化」していることを訴えた。「フォローアップ事業の新機軸」を説明するプロセスにおいて、 ポジティブツールの利活用がフォローアップの大きな柱となりつつあるという手応えをしっかりと感じ取れるようになった。

  技術協力の理想形からすれば、本来フォローアップ事業は、プロジェクトを実施する各課題別担当部署がプロジェクト実施サイクル の一環として担当すべきものである。因みに、プロジェクトの実施サイクルとしては、先ず案件の発掘形成段階を経て、実施計画が立案され、 次いで実施に移される。そして、その中間段階や終了時には評価がなされる。その後、適宜に成果の発現状況がモニタリングされる。施設・機材などに 不具合があり、被援助国が自助努力で修復などすることが困難な場合には、フォローアップ支援がなされるべきものである。 課題部が同一のサイクル上で一貫して、プロジェクトの形成、実施、評価、さらに必要に応じてフォローアップを執行するのが理想であり、 本来の姿である。要するに、プロジェクトを完結するには、フォローアップを自らの業務の中にしっかり組み入れ内包すべきものである。 フォローアップチームが全ての要請に対して専属的、集中的に対応することは確かに効率的であると言えようが、プロジェクトの理念的視点からすれば それが最善とは言いきれないであろう。フォローアップがプロジェクト実施サイクルに組み入れなければ、プロジェクトとしては真 に完結したものとは言い難い。

  今は過渡期として、フォローアップチームに全てを集約し、一元的に対応するという制度になっている。しかし、援助の質的向上のために プロジェクトの運営サイクルを本来の姿に戻し、課題部が一気通貫でそのサイクルを全うすべきであろう。これまでも、協力プロジ ェクトの本来のサイクルに戻すことが筋論であり、合理的である旨事あるごとに触れてきた。プロジェクトを計画・実行する部署が、 終了時にモニタリング・評価し、かつ適宜フォローアップするのが最も効率的であり、理に適っている。フォローアップはJICAの本来あるべき プロジェクト・サイクルに組み込まれるべきである。それがフォローアップチームの基本的スタンスであった。かくして、何年か後に、 そのように変革されたということを知った。

  最後に、フォローアップと会計検査との関係に触れておきたい。会計検査院もフォローアップに注目していた。何故か。フォローアップを するに至った原因は千差万別であるが、施設や機材に何がしかの不具合があるがゆえに、要請に応じてフォローアップを実施している訳である。会計検査院は 常日頃フォローアップ状況に関心を寄せるところがあった。第一義的に会計検査の対象案件の在り処として目をつけられやすい。フォローアップの 前年のJICA決算書を調べれば、過去1年間に執行された金額の張るフォローアップ案件を知ることができるからである。

  フォローアップしたこと自体が問題ではなく、何が原因であったか、フォローアップ事業の背後にある「計画と実施との乖離」の 問題に関心が寄せられる。また、プロジェクトの不具合問題にどう適切に対処してきたかに関心が寄せられる。あるいはまた、 フォローアップ対象の当該プロジェクトについて、その所期の目的や数値目標を達成できる見通しについて関心が注がれる。 例えば、無償資金協力の「基本設計調査書」に記述された当初計画、特に数値目標がどの程度実現されてきたかが問われる。 何か問題があるがゆえにフォローアップがなされているとの考えから、検査院はそこに関心の目を注ぐことになる。会計検査院によって指摘され、かつ事が 大きく騒がれる前に不具合が解決され、上手く会検対応できるにこしたことはないというのが多くの関係者の本音であろう。

  検査院はフォローアップすること自体を問題視するのではなく、何の深刻な問題があり、どう改善復旧されたかに関心があるなかで、 フォローアップは検査上いわば「最後の砦」といえよう。会計検査院からもフォローアップについては一目置かれていた。何故ならば、被援助国が対応できない 無償資金協力施設や機材を修理し機能を回復させ、当該プロジェクトの所期の目標の達成に向けていわば前向きの対応をしているからである。 ただ、無償資金協力については外務省に最終的な責任があるので、外務省が適切に対応してきたのかどうかに関心が向けられる。また、 同施設や機材は既に被援助国に供与され同国の国有財産であるので、それらが適切に維持管理がなされているのか否かに大きな関心 を擁しているとしても、当該国に「土足のままで踏み込み」同国に物議を醸すようなことは、外交上も権限上もできるものではない。

  会計検査を受ける時は、フォローアップチームとしても大いに緊張する。会検は過去10年ほどの間に執行された、主に無償資金協力 プロジェクトについて、一週間ほどかけてヒアリングを受ける。プロジェクトのいずれが対象になるのか分からないことが多い。事前にスタディした検査官は、 プロジェクトのトラブルがマスコミなどを通じて世に知れ渡っていたり、所期の目標達成がなされていそうにない案件を取り上げることが多い。検査院の日頃の 情報収集と院内調査などの結果、「基本設計調査」で設定されたプロジェクトの数値目標が満たされていない、 それ故に十分利活用されていないところに目が向くことになる。かくして、問題の臭いがする施設が目をつけられ、 受検でいろいろ問い詰められることになる。そこをしっかり説明し切れないとなれば、改めて文書で詳細な回答が求められる。 そして、最悪の場合は、国会への報告書中に「問題あり案件」として記載され、一般国民にも報告されることになる。

  最後に、受検の一例を挙げておきたい。モンゴルにおける無償資金協力施設の使われ方が問題にされ、半日近く検査員に説明すること になった。ポイントは、施設が「所期の目的通り」に使用されていないのでは、という指摘である。「目的外使用されている」のではという 疑念である。これらのことはすでに国会報告になっているので、秘密でもなんでもない。 モンゴルのある乳製品生産研究公社が、無償供与機材をもって製造した乳製品の全てを国内市場向けに出荷せず海外へ輸出しているの ではという疑いが付された。それが事実であれば、目的外使用には違いなかった。しかし、「取り敢えず輸出できるものをもって、例えば ロシアに石油輸入代金を支払い、もって火力発電所に必要な石油なりを獲得し、電気の形で自国国民が家庭で暖房器を少しでも使えるようにし、この数ヶ月の厳冬期を 何とか乗り越えようとしている」と聞き及んでいる。JICAが目的外使用を勧めることは断じてないが、現実としては当座 見守るほかないと説明した。JICAが正面切って輸出をしないでほしいと申し入れることは、無償資金協力の「実施促進」を担うだけの JICAにとっては権限逸脱である。仮に申し入れたとすれば、モンゴル政府を介して同国の一般市民に「凍死」を求めるのと同じである。極論であると思いつつも 、検査員に向けてつい口が滑ってこの説明となってしまった。検査員からの特段の反論もなく受検はそこで終了した。後日検査員から 文書による追加説明を求められることもなく、内心ほっとした。緊張感が包まれる会検対応は大変ではあるが、会検での最後のJICAの砦としての フォローアップの醍醐味の一つであった。

  さて、フォローアップチームに所属した「第二フェーズ」については、わずか1年半年でお役御免になってしまった。「第一フェーズ」 でのフォローアップ勤務期間を合わせれば、平均的な在職年数となった。その後は、2004年11月から2007年6月まで(平成16年11月~平成 19年6月27日まで)2年7か月、再び海外の協力最前線へ赴任することになった。その赴任の情報の第一報は人事部からでも「アジア第一部」の 上司からでもなく、総務部の「在外事務所課」から電子メールでやってきた。 海外赴任に慣れるJICAマンであっても、その赴任国名を聞かされれば驚きの声を発し少しは後ずさりするような中近東の土漠の イスラム国家であった。そして、未だにJICAへの人事上の借りを「完済」できていないことを思い知らされた。何と同国から 帰国すれば役職定年の直前にその借りを「完済」できるという結末になる。人事部の特別の配慮をも内包した「見事な人事命令」であった。

資料
パラグアイへ赴任(平成12年/2000年)前でのフォローアップ関連調査
平成11年―1999年
・ エクアドル グアヤス州地方道路整備機材強化計画基本設計調査、総括、1999.3.13-3.28
・ ドミニカ連邦 ロゾー水産施設改修計画無償資金協力実施促進調査、総括、1999.4.18-4.28
・ USA 平成11年度中南米カリブ地域無償資金協力実務者会議、1999.7.12-7.17
・ 中国上海市第6人民病院機材整備計画フォローアップ調査、総括、1999.10.27-11.5

パラグアイから帰国後のフォローアップ関連調査
2003.4~2004.10 平成15年4月~平成16年10月 アジア第1部調査役 兼 アジア第1部フォローアップチーム長 ・ PNG 消防機材整備計画FU調査、総括、2003.7.19-7.26、JICSの真弓・高木さんらと
・ カンボジア 地雷除去活動支援機材整備計画フォローアップ調査, 総括、2003.8.20-8.28
・ インド 優良種子開発計画フォローアップ調査、CPインド農業研究所、総括、2003.11.23-11.29、高橋さんと
・ フィリピン ピナトゥボ火山被災地灌漑・生活用水供給計画、航空保安大学校機材計画、女性職業訓練センター建設計画のフォローアップ調査、 総括、2003.12.10-12.19

平成16年 2004年
・ パラオ 電力供給改善計画フォローアップ調査、総括、2004.1.18-1.24
・ ニカラグア 道路保守整備計画フォローアップ調査、総括、2004.2.11-2.22
注: パラグアイから帰国後1年半フォローアップチームに在籍。2004.11からサウジアラビア事務所赴任

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      第1節: 「海あり近隣諸国ブラジル、アルゼンチン、チリ、ウルグアイ」に海を求めて旅をする
      第2節: 米国東海岸沿いに海洋博物館を訪ね歩く(その1)
      第3節: 米国東海岸沿いに海洋博物館を訪ね歩く(その2)
      第4節: 古巣のフォローアップ業務に出戻る
      第5節: 国連海洋法務官への奉職を志し、情熱を燃やし続けて
      第6節: 国連への情熱は燃え尽きるも、新たな大目標に立ち向かう