遂に2011年3月にJICAから完全離職した。毎朝、背広を着てネクタイを締めて通勤電車に揉まれるという長い現役生活から解放された。
JICAに奉職して約35年(1976年11月~2011年3月)、遂に天職から別れを告げることになった。万感の思いであった。発展途上国へ
の技術協力、「国づくり人づくり」を天職と心得て、またそれを誇りにしながら勤めることができた。海外勤務の10余年間を除いて、
ほとんど新宿通いの毎日であった。
「自由の翼」を得た自由人としての新しい生活スタイルに慣れるまで、何となく落ち着かず、地に足がつかない感じを抱くのは
止む得なかった。それに、離職後かなりの期間はあちこち身体上の変調をきたし、一気に不具合個所を抱えることになってしまったが、
努力して何とか回復に持ち込んだ。いずれにせよ、人生で初めて、時間に追いかけられることのない時間の宝をもつことができた。
両肩から全ての重しが取れて身軽となった。何とも言えない爽快さも込み上げてきた。まさに「自由の翼」を得たことの喜びを噛みしめた。
他方で、凧の紐が切れたように、大空髙く舞い上がったまま地上へ戻って来れないかのような、フワフワした不思議な感覚にも襲われた。
かくして、24時間、12ヶ月、365日、自身で自らを律することになる生活に向き合うという、初めての楽しそうな人生が始まった。
未だ年金を満額受給できる開始年齢には達していなかった。終身にわたって手痛い減額受給となることを覚悟して、もらえる
ものは最も早い段階で有り難く受給することにした。直近までのJICA常勤嘱託の俸給は想像以上に少ないものであったが、責任の軽重
からすれば、俸給額はそれに釣り合った自己納得の行くものであった。だが、少ない俸給でも我が家計としては大いに助かっていたことは
間違いない。
満額受給開始年齢に達する以前から受給する場合と、数年間待って満額受給する場合とでは、生涯的にどの程度の支給額
上の差が生じるのか、全く気にもせず決めた。完全離職してすぐさま受給しても、年金と退職金とで細々ながら何とか生活
していけると、勝手に思い込んでのことであった。突然の心臓発作の再発か何かで、
ほとんど年金受給をしないまま急逝したりする場合も大いにありうる。年金保険料をしっかり納め、国家に貢献しただけとなるのも、
ありえる人生である。先輩や同僚がそんな不遇に見舞われた事例を幾つも見てきた。今後は倹約に心掛けながら、質素な年金生活
を送ることで何とかやり過ごそうという思いで、90歳まで永らえた場合の生涯年金受給額上のありうる大差を気にせず、
すぐさま受給することにした。思いとしては、余命何年あるのか分からないが、JICA奉職に一区切りをつけて、辞典づくりに
できるだけ多くの時間を割きたかった。
家計を助けるためにどこかで働くことよりも、これからは「隠居的生活」を楽しみながら、命が尽きる前に、好きなこと、
やりたいこと、やるべきことに取り組みたかった。その方が個人的には、心の満足度や幸福度は圧倒的に高いはずであった。
表現は悪いが、生活の経済のためだけに「時間の切り売り」をすることは、できることならしたくなかった。
ニカラグアで奇跡的に授かった「二度とないおまけの命」をつなぐ人生を大切にしながら自身の残余の目標を追い続けるための
人生の選択をしようと決意した。辞典づくりにどれほどの余命を割くことができるかは神のみぞ知るところであるが、それに余命を最大限
投入することを決意をした。
人生何が起こるか分からない。長年思い描いてきたことをやり遂げることなく余命が燃え尽きてしまうかもしれない。そうなる
前に早目に取り組みたい。そして、辞典づくりについて言えば、一度は自己納得できる何らかの一区切りをつけたうえで、その先の世界
に進んでみたい。今後5年でも10年でも、自分のやりべきことを、とことんやることにしたい。やり残しがないように十分な時間を
確保して、辞典づくりにそれなりの一区切りを付けておきたい、という強い思いであった。時間不足となって区切りを付けられず悔いを残す
ことはしたくなかった。
「自由の翼」を得た今、明日がいつものように確実にやって来るものという思い込みや錯覚に陥ったまま時を無為に過ごし
たくはなかった。想定外の病気や不慮の事故、自然災害などに遭遇し、命が突然断たれることも起こりうる。
それはこの世の常である。今日は元気であっても、明日の陽光を拝むことができないこともありうる。ニカラグアで一度死んだも
同然の体験をした者にとっては、余命が5年や10年あると考えるほど悠長に過ごす心理的余裕はいかなかった。
さて、離職後辞典づくりの何にどう取り組むかであった。毎日が日曜日という自由人的な生活は人生で初めての経験であった。
大いに希望に燃えた。辞典づくりにどうじっくりと向き合い、どう「進化」させるのか、どんな着地点を描くのか、いろいろ見詰め
直し模索することにした。
先ず、辞典づくりの過去での取り組みについて大局的に振り返った。事は1985年を起点にしたアルゼンチンでの和・英・西語の海にまつわる
語彙拾いに始まり、離職した2011年までの海洋辞典づくりの足跡をざっくりと辿った。そして、現在の「ウェブ海洋総合辞典」を
隅から隅まで何度も見詰め直した。そして、徐々にではあるが、いろいろと見えて来るものがあった。
当初は、直接・間接的に海にまつわる三か国語のあらゆる語彙をがむしゃらに片っ端から拾い上げてきた。そして、当初の
「海洋語彙集」をプロバイダー(当時は「サイネット」)のポータルサイトを窓口にして、初めてインターネット上にホームページ
としてアップし、世界に発信した。今までとは全く次元が異なるステージを迎えた。その後、名称を「海洋辞典」とし、しかも「総合」
という冠を付けて「海洋総合辞典」とした。辞典にて包摂すべき対象語彙を最大限幅広く取り入れることで、
「語彙の総合化」を目指すことにした。
直接的であれ間接的であれ、わずかでも海にまつわる語彙であれば、全て拾い上げることを目指した。
海に少しでも関わるか、あるいは連関性の可能性が少しでもありそうな語彙について拾い上げることにした。
「海語」の定義として、そのような語彙まで含めることにした。そして、あらゆる海語を拾い上げることで海洋総合辞典の「総合」を
意味するところとした。当該海語は英・西・仏・葡語で何というのか、それを丹念に調べながら紡いでいくことにした。
語彙の語例や文例も増やして行くことにした。また、その語彙の簡潔な註釈をも付けたい。語彙拾いを基点・起点にして
辞典を「編む」こと、それこそが辞典づくりの醍醐味であり、また根幹をなすものであった。
「海語」は数量的には想像できないくらい数多にのぼることであろう。海語の「大海」は無限的な広がりをもつと言える。
語彙拾いの数量的な達成目標を設定することは、非現実的であるように思われた。数量的目標の設定ではなく、常に最大限の
「外延的拡大・増大化」を目指すことにした。海洋辞典づくりでは、海のありとあらゆることに関心をもちながら学び続け、
その語彙拾いの過程を楽しむことにしたかった。海の語彙拾いは半永久的な活動であり、また語彙数も無限的な広がりをもつことから、
辞典づくりの楽しみも無限的に広がるものと信じた。語彙数が無限大に存するのであれば、語彙拾いの伸び代もまた無限大である。
それが何よりも嬉しい。
語彙のごく大雑把な学術的分類としては、自然科学系、社会人文学系、理工学系のジャンルが考えられる。
自然科学系の分類としては、例えば、海洋に最も深く関わる中核的領域として、海洋学(海洋研究)、海洋物理・海洋化学・海洋地質学、
海洋生物学があり、海洋の生態学・環境学、気象学、水産学・養殖、魚貝類やその食品安全など極めて幅広い。海洋生物学の中分類としては、
例えば脊椎動物、軟体動物、甲殻類、海洋哺乳動物、プランクトンなど気が遠くなるほど膨大な語彙グループがある。海洋哺乳動物の下位
分類として鯨類、さらに下位には歯鯨と鬚鯨がある。
ジャンル的にどんどん細分化される。そして、大分類の諸学やそれらの下位にある細分化された学術的中小分類の外延的境界にある
語彙はいずれの範疇に属するか曖昧模糊にならざるをえない。
社会人文科学系としては、国際海洋法学(海洋法制論)を筆頭に、海でのさまざまな人間の営みに関わる領域として、海運学、航海学
(船の運用学)、漁労や漁業経営・経済、漁業法制や漁業協同組合論、海上保安・海洋安全保障、海洋地理学など数多ある。
その他、釣り・遊漁もある。理工学系としては、海洋工学、沿岸工学、運河・水路や港湾の建設土木、波力・潮力・温度差などの
海洋エネルギー開発、船舶工学・造船などが代表的なものであるが、語彙は多分にジャンル間でオーバーラップしている。
「総合」の意味は、その語彙が社会人文科学・自然科学・理工学系であれ、語彙が少しでも海に関わるものであれば全て網羅したい
というものである。だが、現・海洋総合辞典は「総合」という名に値するものとなっているのか。真に「体系的」で「総合」的な
辞典と言えるのか、忸怩たる思いにかられるところである。名実ともに「総合」辞典であることを目指し取り組んでいきたい。
海語はどこにでも「転がっている」。海にまつわる諸学の基本書・教科書を紐解けば、海の語彙がそれらの概念や理論と共に
無限的に広がっている。自然科学・社会人文学や理工学系のいろいろなジャンルの日本語の論文・雑誌記事、一般図書、専門書を読み解き、
その都度語彙を拾い、その語彙が定義されるところを理解し、海洋辞典に包摂し続けることになる。母国語である日本語において
海の語彙並びにその意味・概念・理論を理解していることは、先ずもって大切なことである。英・西・仏・葡語などの外国語の
論文・雑誌記事や専門書などを読み、語彙を拾い、日本語で何と言うのか、それを解きほぐそうとする時には大いに役立つことになる。
出来る限りさまざまな海洋関連分野の日本語、英・西・仏・葡語の文献を読むことは、語彙拾いにつながると同時に、
当該言語における概念や理論を理解することにもつながる。ジャンルやテーマ、そのサブテーマに沿って代表的な入門書や基本書、あるいは
教科書を一冊でも丁寧に読み解くには相当の労力がいる。だが、そこはじっくり読み解き、論述内容を理解するとともに、
語彙拾いをも楽しむことを理想としたい。
日本語で読んでも、英・西・仏・葡語などの文献を読み解いても、語彙拾いや辞典づくりの世界が広がるだけでなく、先ずは海に
関するさまざまな知識が複合的、学際的に広がっていくことになる。
海語の大海は無限大に広がっている。海洋辞典の伸び代が限りなく広がっていることを意味している。さらにまた、思索・思考のための
視座を育み、新たな知的冒険や想像へとつながる。
何から語彙を拾うのかと訊ねられるとすれば、源泉はありとあらゆるところに存在すると答えたい。国公私立の大学や国公立の
図書館はもちろん、日本海事センター、大日本水産会などの数多の海事関係公益法人や海洋・漁業・港湾などの博物館付属の図書資料室
にはさまざまな一般・専門図書、学術定期刊行物などが揃えられている。インターネットも情報の貴重な源である。ネット上では
海洋、水産・漁業・養殖、環境、航海、船舶、港湾、ヨット、遊漁、海運などに特化したオンライン用語集などを検索することもできる。勿論、それらのアナログ辞典・用語集も重要な情報源である。
新聞でもテレビでも海洋、水産、航海などに関連するさまざまな切り口の記事、番組を毎日のように見かける。
それらは海にまつわる情報への入り口である。魚貝類の新種の発見、博物館の海洋関連企画展情報、海底考古学的発掘、海洋科学技術や
海洋調査の最近の動向、深海底資源の採鉱や商業化、海洋エネルギー発電の最新技術など、さまざまな海洋関連情報に触れる
ことができる「窓口」である。海のことを日常的に学び、語彙拾いを楽しむためのアナログやデジタルの媒体・材料は、ありとあらゆる
ところに存在し、かつ無限的である。先ずは日本語で海語を丹念に拾い上げ、英語あるいは西・仏・葡語で何というのか、いろいろな
媒体を通じて調べ、語彙を紡ぎながら辞典づくりを楽しみ続けたい。時と場所を選ばず、あらゆる媒体を通じて今もって知らない
海語に出会うことを楽しみたい。数多の海語が見出し語となって紡がれ、その大海への入る扉となってくれる。
人工知能(AI)の時代と称されて久しいが、海洋辞典がその人工知能にとって一つの究極的な「原典」に位置づけられるようにするには
どうすればよいのか。「原典」になりうるのか。それを模索しながら、地道に辞典を進化させていきたい。そのためにできることと言えば、
日本語や英・西・仏・葡語のさまざまな海にまつわる文献資料を読み解き、語彙拾いを楽しみ続けることに尽きよう。頭を柔軟にして、
海にまつわるいろいろなことに関心をもち続けることで、語彙拾いの継続につなげたい。
海語の語彙拾いという人の手仕事が「原典」にどう結び付くのか。語彙拾いという手仕事をもって、生成AIなどによってもたらされる
圧倒的な効率化に抗い続け、その手仕事に労力と時間を費やすことに何の意義があるのであろうか。だが、その手仕事に費やすことで
ウェブ海洋辞典を「原典」の存在へとつなげて行きたい。
さて、海洋辞典が扱う対象言語についてであるが、当初アルゼンチンで語彙拾いの対象としたのは、基本的に日本語、英語、スペイン語の
3ヶ国語であった。具体的には英和・和英、西和・和西の用語集であった。だが、帰国してまもなく、思い立って、
フランス語を対象言語にして仏和・和仏用語集をも編むことにした。大学時代の第二語学専攻がフランス語であったことから
違和感はほとんどなかった。また、フランスによる海洋調査研究や海洋科学技術開発での取り組みは活発であり高いレベルにある。
また、国連の公用語でもあるので、その用語集づくりにも取り組むことにした。
新規の用語集づくりに向けて最初の一歩を踏み出すのには意外と想像以上のエネルギーが必要であったが、「千里の道も一歩から」
の思いをもって足を一歩前に踏み出した。そして、1995年過ぎにネットの世界に運よく出会い、もって海語用語集を世界に
発信できるとの思いから「オンライン海洋辞典」づくりに没頭し始めた。その頃には、辞典の対象言語は
和・英・西・仏語の4ヶ国語となっていた。
また、パラグアイ在任中(2000~2003年)、度々ブラジルに旅し、ポルトガル語に興味を持ち出した。当時ブラジルに専門家として
赴任していたJICA入団同期生に再会し、彼から要らなくなったポルトガル語辞書と語学読本を譲ってもらい、学ぶことを決意した。
だがしかし、その試みは一度は見事に挫折した。
ポルトガル語を対象言語にできたのは、JICAから離職してからのことになった。離職して7年後の2018年に夢がかなって、ポルト
ガルのリスボンへ旅することができた。リスボンやラゴスの海洋博物館や、エンリケ航海王子の航海探検家養成学校のあったとされる
ロカ岬の他、セント・ヴィンセント岬などを訪ねたことが、その取り組みに向けての大きな弾みとなった。
結局のところ、対象言語をこれ以上広げるのは余りにも荷が重すぎるし、また中途半端になることを深く憂慮して、和・英・
西・仏・葡語の5か国語に集中することにした。もちろん、英・西・仏・葡語の対訳は日本語である。海洋生物の和名の対語である
ラテン語名は別にして、対象言語数をこれ以上拡大させず、5言語に絞り込むことで「選択と集中」を行なうことにした。
一般論としては、言語数が多いほど有用であり、多いに越したことない。世界で多くの人口によって使用される中国語、インド
ネシア語、ロシア語の海洋用語集も想定されるが、それらにチャレンジする能力も余力も早い段階から消え失せてしまった。
ネガティブになることは避けたいが、一人で取り組むには余りに荷が重た過ぎて押しつぶされそうになった。即ち、中途半端に
終わるのを恐れた。未来の後継編纂者によるチャレンジに託せるものであれば是非ともそうしたい。
実現すれば素晴らしいことである。その実現によって、海洋辞典としてのコンテンツの質量が「進化」し有用性が向上することになれば、
こんな素晴らしいことはない。
さて、辞典づくりについて、完全離職後に是が非でもやりたいこと、やらねばならない重要なことが幾つかあった。これまで
辞典づくりで手を広げ過ぎていたために、コンテンツの「選択と集中」をいかに図るかということの問題があった。
第一にやりたいことは、英和、西和、仏和、葡和辞典について、内容的にも表記的にも適切かどうか、とんでもない思い違いの誤字脱字
などがないか、最初から最後まで包括的な見直しをすることであった。これを完了せずして、次のステージに本格的に歩を進めら
れなかった。その完了には一年近く要することになった。
トータルレビュー(総体的な棚卸し)に次いで取り組んだことは、英和、西和、仏和、葡和辞典の「和語化」、すなわち
和英・和西・和仏・和葡辞典づくりであった。英和、西和、仏和辞典などでの語彙数は着実に増え続けていたが、
その逆の和英、和西、和仏辞典については、幾ばくも進んでいなかった。
それ故に、英和・西和・仏和・葡和辞典における全ての見出し語と、日本語の対訳を反転させて、和英・和西・和仏・和葡辞典をAからZ
まで作成し、それら辞典の原形を作る必要があった。
例えば、英語の見出し語の「manganese nodule」や「ocean thermal
energy technology (OTEC)」について、対訳の「マンガン団塊」、「温度差発電」を見出し語にし、その対訳を「manganese nodule」、
「ocean thermal energy technology (OTEC)」とし、かつその語釈などを既述するという作業である。何万語という語彙について見出し語
と対訳の語順を反転させて、和語化することに取り組んだ。遂行するのにさらに数年を要した。
最も悩んだのは、見出し語とその対訳とを反転させるのはよいが、その見出し語から派生する多くの熟語や語例・文例を同じく反転
させるかどうかであった。オンライン辞典としてどう表記すれば、利用者はそれらの熟語や語例などを検索しやすいかということである。
いろいろな試行錯誤を繰り返しながら、語順をどうするべきか模索し続けた。基本的には、熟語・語例・文例とその対語は反転させず、
基本的にはそのままアルファベット順に並べ検索しやすくした。そして、それらのヘッドには、「/」や「・」の接頭記号を付して
見やすくした。
当然のことながら、和英・和西・和仏・和葡の4辞典につき、表記法の統一を図った。現在のウェブ海洋辞典で採用されている表記法
に落ち着かせた。これらのの4辞典を一通り作成し終えるのに数年を要した。さらに、4辞典の全ての見出し語に関して内容や
表記的に適切か否か、誤字脱字はないかなどの総点検と表記統一のために、さらに1年ほど要した。かくして、海洋辞典は、
英和・和英、仏和・和仏、西和・和西、葡和・和葡の計8つの海洋辞典となった。
次いで取り組んだのは、それら8海洋辞典をベースにしながら、分野別(ジャンル・テーマ別)の海洋用語集づくりであった。
いかなるジャンルやテーマ、あるいはサブ・テーマごとの用語集を作成するか、いろいろと検討を重ね試行錯誤を繰り返した。
結果、船と航海、海運と海上輸送、海洋自然科学と海洋工学、海洋社会科学、漁業・養殖全般、海洋レジャー&スポーツ、
およびその他の7つの大分類とした。その下に幾つかの中・小分類の用語集を作成することにした。
具体的には例えば、「船と航海」の大分類では、船舶のいろいろ、錨、ロープ類、艤装、航海・運用、帆、マスト、帆走などのサブ
テーマで用語集を作成してきた。「海洋自然科学と海洋工学」では、海洋生物、海洋物理、海洋地理・海底地形、南極・北極などの
中分類での用語集の作成途上にある。因みに、海洋生物の中分類下には海洋生物名、学術名、解剖学などの小分類用語集を配属すること
にした。
かくして、膨張・肥大化を続けていたウェブ・コンテンツの「選択と集中」による見直しの結果として、和・英・西・仏・葡語の
5言語について、8つの海洋総合辞典づくりに集中すること、さらにそれらの分野別海洋辞典をウェブの中核として
育んでいくこととした。もって、次への前進に弾みをつけることに邁進したい。
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