大阪府の茨木市。茨木は実はノーベル文学賞に輝いた川端康成氏の出身地であることは余り知られていないかも知れない。同氏が通った
茨木高等学校が今でも健在するのある。私は、川端氏が生まれ育った村から距離にしてわずか数キロ東隣りにある「安威(あい)」という
村で育った。村の南域には農地が広がるが、その田園風景は子供の頃からの記憶からして70年余り変わらない。北域には標高はそれほど高くは
ないが、緑豊かな山々が東西に連なり、正しく「故郷の山々」という景色を保っている。
私はそこで昭和23年(1948年)に生まれた。12歳の小学6年生の時に父親が交通事故で突然亡くなり、25歳になるまで中学校、高校や
大学に通いながら、田んぼに出ては嫌と言うほど農事を手伝った。お陰で学生でありながら正規の農業協同組合員になれた時期もあった。
青少年の頃一つの夢を持ち続けていた。それは船乗りになることであった。少年の頃から高校三年生の大学受験の頃まで、
私は外国航路の船乗りという職業に憧れていた。船乗り、出来うれば航海士なって、世界の海を航海し、
異国の港町では時に陸(おか)に上って街をぶらつき、次の異国に向けて航海を続けたかった。
子どもながらの憧れは、いわば船を住処にしながら世界諸国を巡り、色んな異国の地を垣間見ることであった。世界の異文化への強い憧れが
心の深層にあったに違いなかった。
商船高等学校への道もあるにはあったが、最終的には神戸の商船大学を目指すことにした。だが、ある二つのハードルをどうしても
乗り越えられずにいた。そして、少年の頃から描き続けていた異国への冒険や旅の夢は高校三年生の時にあっけなく消え去ってしまった。
あれほど好きであった海や船から遠ざかることになった。
進路に悩みながら、結局は府下にある普通の大学の法学部に進学した。東京の私大に合格してはいたが、家庭の厳しい
財政事情はそれを許さなかった。そして、航海士への夢を失った反動なのであろうか、大学の部活動において4年間も山登りや里歩きに明け暮れた。年に100日ほども山行した。
大学4年生に進級する直前の冬、兵庫県の鉢伏山で冬期合宿を行っていた。合宿を終え「下界」の生活に戻れば、否応なく就活が待ち受けて
いた。将来の進路をどうするのか、雪上テントの寝袋の中でそれを思い巡らせた。その時のこと、人生の進むべき道を電光石火のごとく閃いた。
国際社会に少しでも役にたちたいという意識がふと脳裏に湧き上がってきた。というのも、その何ヶ月か前に岩波新書の「国際連合」
(明石国連事務次長著)を読んでいたからである。国連への奉職、出来うれば法務官として、さらには
国連事務総長の法律顧問を目指すことを閃いた。それこそが船乗りに代わる第二の「夢と冒険」の始まりであった。
当然の成り行きとして、専門性を向上させるため大学院に進むことを決意した。公法学の中の国際法を専攻した。更に語学力も
必須であるがゆえに、留学を志した。修士課程の大学院生の時のこと、学内新聞を広げて眺めていた折、偶然ある記事を目にした。
何と大学法学部の大先輩が国連法務官の職に就いて活躍されていることを知った。直ぐにレターをしたためた。かくして、文通が始まった。
文通が人生の分岐点となった。米国ワシントン大学への留学へとつながった。行き先は米国北西岸の港町シアトルであった。
国際海洋法や海洋学などを学ぶことになり、国連の海洋法務官への奉職に半歩近づいた。法務官として国際社会で何がしかお役に
立てれば、それ以上の喜びはなかった。それと同時に大好きであった海に回帰することもできれば、船乗りへの夢が叶わなかった若き日の無念さを
払拭するに余りあると、身も心も空に舞い上がりそうであった。
かくして、25歳にして茨木の田舎を離れ、人生第二の夢を追いかけて冒険の旅に出た。25歳の渡米において初めて飛行機なるもの
にも乗った。そして、留学のために村を離れてからというものは二度と故郷で暮らすことはなかった。
米国では海洋法や海運学、海洋組織論などの社会科学系諸学の他、自然科学系の海洋学、水産学、海洋資源開発、海洋環境保全なども
学ぶことになった。社会科学系と自然科学・工学系諸学との文理融合を理念とした、いわば学際的な「海洋総合プログラム」に在籍した。
かくして、私的には「陸(おか)の世界」から再び「海の世界」へと回帰する大きなきっかけを掴むことになった。
さて、国連法務官を目指す冒険の旅は思いがけない方向へと「転針」することになった。自分でも全く想像もしなかった
「人生の航路」に足を踏み入れることになった。そして、何処の終着点に行き着くことになるのか見通しがつかないまま、大よそ50年間
故郷を離れて旅を続けることになった。この旅物語は全編20余の章・140余の節から成っている。第一章では、
人生の時間軸をかなり巻き戻して、少年の頃の足跡から手繰り寄せることにしたい。